10月 29, 2020

土地から編み針まで~ 毛糸の源流をたどる
Nomadnoos

土地から編み針まで~ 毛糸の源流をたどる<br>Nomadnoos

初出: 2020年秋 amirisu21号
Interviewed by Meri

 

もし編み物によって貧困に悩む人々を助け、世界を少しだけ良くすることができたら?そんな想いで、本号では2つの毛糸メーカーを紹介することにしました。フェアトレードや環境への意識が高まるなか、どのような考えで、どのように、よりエシカルで環境に良いビジネスを行っているのか。NomadnoosWoolfolkのオーナーへのインタビューをお楽しみください。

 

Coty Jeronimus, Nomadnoos

2019年春、H+H (ドイツで毎年行われている手芸材料の見本市、ハンダーバイト)の巨大なエキシビションホールに足を踏み入れた私たちは、最初にNomadnoosのブースを見つけ、ひとめで気に入ってしまいました。ヤク、キャメル、そして柔らかい羊の美しい毛糸が、なんと手紡ぎだったとは。すぐにオーダーをして、取り扱いが開始しました。

 

 

Nomadnoosの創始者、コティは子供の頃、父方の祖母から編み物を習いました。祖母は編み物が上手で、18人いる孫全員の靴下やセーターを編んでくれていました。コティの番が回ってくると、2人で一緒に毛糸とパターンを買いに行き、針の上で次第に出来上がってくるセーターをワクワクした気持ちで眺めました。その時に祖母に編んでもらったセーターを、今でも大切に持っています。コティは編み物を教えてもらうと、糸も自分で作ろうと思いつきました。まだ羊の油がたくさんついた原毛を買ってきて、洗い、染め、糸へ紡ぎました。このようにして何着かセーターを編んだあと、その糸があまりにもちくちくするし重たいので、編み物をやめてしまいました。編み物以外にも、10代の頃は色々なテキスタイルアートに手を出しました。布を染めてみたり、バティックを作ってみたり、ベルギーレースをやってみたことも。ですから高校卒業後、テキスタイルデザインを学ぶためにアムステルダムに向かったのも自然な流れでした。

 

大学を卒業後、コティは25年間繊維業界で働きました。最初はデザイナーとして、そしてのちには商品開発や買い付けのマネージャーとして。25年のうち、業界は大きく変容しました。生産拠点もヨーロッパからアジアへと大きくシフトし、価格も大幅に下落しました。ファストファッション業界が環境や労働者に与えてきた、負の影響を目の当たりにしてきました。

 

一方で、監査のためにインドを訪れた彼女は、オーガニックコットンの生産者たちが、オーガニックに切り替えてからいかに環境が良くなったかを話しているのを聞きました。ひとつには病気が減ったこと。その時の経験はコティに強い印象を残しました。彼女は仕事を辞めることにし、テキスタイル業界の持続可能性を向上させるためのコンサルタントとして働くことになりました。世の中を良くするために何かしたい、という気持ちが強かったからです。

 

現在でも彼女のメインの仕事は繊維会社やNGOをサポートし、より透明性の高い、仕入れ、生産から販売までのプロセスを改善するお手伝いをすることです。そのコンサルティングの仕事を通じて初めてモンゴルの遊牧民と出会いました。彼らは美しいヤクやキャメルの毛を生産しています。また、非常に技術が高いにも関わらず、社会的に虐げられたネパールの女性たちにも出会いました。この2つのグループを繋げられれば、素晴らしい毛糸を作ることが人々の生活の助けになり、編み物業界にもいい影響を与えられるに違いない。コティはそう気がついたのです。

こうして、Nomadnoosが生まれました。

Nomadnoosのコンセプトはスローファイバー・ムーヴメントとも同調するもので、プロセスの透明性と社会的責任を高めようというものです。原料を調達するあいだの中間業者をできるだけ省くことで、現場の人々にできるだけ公平な対価を支払うことを目標にしています。原料に関しては、生産者組合を通して遊牧民のコミュニティに直接お金がいくようになっています。集められた原料は、モンゴルの国法に基づいて加工されます。  

 

毎年春に1度しか原毛を収集できないため、原料はとても貴重です。春に気温が上がるにつれ、動物も厚い防寒が必要なくなるので、遊牧民たちは動物の毛を梳く作業を開始します。モンゴルは広大で、原毛を手作業で集め首都のウランバートルに運ぶのにも時間がかかります。集まった原毛はそこで加工されます。洗い、トップに加工された原料がネパールに送られる頃には、すでに9月になっています。

原料はネパールに到着すると、紡ぎ手たちの元へと送られます。 彼ら、彼女らは他の仕事もしながら、自宅で作業し、およそ毎月4kgくらいの糸を紡ぎ出します。コティたちは常に新しい紡ぎ手をスカウトし、トレーニングを行っています。関わる全ての人や環境に配慮する必要があり、物事は本当にゆっくりとしか進められません。 

近年、「持続可能性」は流行語と言ってもいいほどに流布するようになりましたが、コティにとってはそれ以上の意味があります。自身の価値観に自信を持ち、こだわり続けること。人々や環境に責任を持ち続けること。そう考えています。

一緒に働く人々の待遇をできるだけ良くしたいと、例えば、紡ぎ手たちに支払う対価が生活コストに見合ったものなのかどうか、常にチェックし計算を行っています。環境に関しても、何ができるかと考える日々。モンゴルでは砂漠化が非常に大きな問題になっています。Nomadnoosが協働する遊牧民の組合ではこの問題を重視しており、遊牧地の回復に可能な限り努めています。 

 Nomadnoosの糸は今日まで、モンゴルでは遊牧地や遊牧民の暮らしに良い影響を与え、ネパールで社会的に取り残された人々にとっては、追加の収入として暮らしを支えています。 

 

もちろん、これまでには苦労もありました。

Nomadnoosのプロジェクトがスタートしたとき、どうやって紡ぎの技術を一定のレベルへ持っていくのかという問題がありました。モンゴルやネパールで様々な紡ぎ手をテストし、作業はネパールだけで行うことに決めました。古くから、ネパールの文化に糸を紡ぐという作業が根付いていることを実感したからです。 とはいえ、紡ぎ手たちは一定のレベルに到達するために、1ヶ月半のあいだトレーニングを受け続けなければなりません。

また、毎年、毎シーズン色が少しずつ変わるヤクやキャメルの原毛を、同じ色に染めるというのも非常に難しい作業でした。毎年できるだけ同じ色を供給することを目指していたからです。幸運なことに、ネパールで適任者を見つけることができ、この問題は解決されました。 

 

遊牧民や紡ぎ手たちにとって、手編み用の糸を作るということは未知の世界でした。でもコティは忍耐強く協力者を見つけ、ついに実現させました。モンゴルの遊牧民の協同組合はそのひとつ。ネパールで連絡係として、紡ぎや染め、紡績後の箱詰めなどの加工を一人で管理しているタラ・パネラさんも、コティにとって大切な協力者です。

 

現在、コティとチームの皆は次のステップへむけて準備を進めています。ネパールで紡ぎ工房を作りたいと、クラウドファンディングを行っています。紡ぎ手たちが働きながら、託児サービスやその他のサポートも受けられる、そんな場所づくりを計画しています。

モンゴルでは、草原におけるプラスチックゴミ問題に関する遊牧民の意識をあげる活動をしています。 

また、太い糸など、新しい商品の準備も進めているところです。 

 

コティの希望は、ネパールとモンゴルにニッターたちを案内し、勉強会をしたりワークショップを受けたりできる、そんなスタディツアーをまた開催することです。紡ぎ手や遊牧民とニッターが直接出会い、Nomadnoosの活動の意味やプロセスをその目で見て欲しい。そう願っているとのこと。今後Nomadnoosがどんな毛糸を提供してくれるのか、楽しみでなりません。

Nomadnoosの糸は今日まで、モンゴルでは遊牧地や遊牧民の暮らしに良い影響を与え、ネパールで社会的に取り残された人々にとっては、追加の収入として暮らしを支えています。

 

Photos courtesy of Nomadnoos and Flavia Sigismondi