バッグに純粋な喜びを
ウィッカー・ダーリングのラタン編みバッグ
インタビュー:河野晴子
写真提供:Wicker Darling
キャッシュレスが進むにつれ、お財布はぐっとコンパクトに。ミニマリストなトレンドに伴い、その他の持ち物も最小限に。近年、バッグはスモール、ミニ、マイクロと、どんどんと小さくシンプルになっているようです。でも、本来バッグとは一日を共にする相棒のような存在。あるいは、ファッション・ステートメント。魅力的なデザインであれば、そこから誰かとの会話が生まれることもあるはず。
「バッグに純粋な喜びを」。そんな思いを胸に、ジャスミン・ノリーさんはメルボルンを拠点に、主に動物を象ったラタン(籐)細工のハンドバッグやクラッチバッグのデザインを手がけています。会社名は「ウィッカー・ダーリング」。ラタンの編み方を意味する「ウィッカー」と、「愛しの」といったニュアンスの「ダーリング」を組み合わせたそう。色も形も底抜けに明るく、キュートなバッグたちが定期的にお目見えします。
例えば、鮮やかなピンク色のフラミンゴや、3本のツノをしっかりと備えたトリケラトプス。まず目を引くのは、こうしたわかりやすい生き物の特徴です。そして、その造形から生まれる、心躍る工夫も。カバであれば、大きく開いた口から覗く舌が小銭入れになっていたり、ラクダであれば、コブの部分がパカッと開く丸い蓋であったり。
ジャスミンさんはこう語ります。「お客さまには、動物の顔や可愛らしさといったディテールに驚き、このバッグには何がどれくらい入るだろうかと、想像していただきたいです。そして初めてバッグを持って外に出た際には、周りの人たちが同じように喜びを感じることを期待し、楽しんでもらいたいです」。
創作の心臓部は、メルボルンにあるジャスミンさんの自宅のダイニングルーム。窓から朝の光がふんだんに差し込み、庭の木でインコとカササギが羽を休めるそう。大きな木製テーブルの上には、ペンや巻尺。仕事に勤しむジャスミンさんを愛猫が近くで見守ります。
ヤギを象ったバッグのディテールを記した図案。素材や色の組み合わせが指定されています。
そんなパーソナルなスペースから生まれたデザイン画は、しばし旅に出ます。まずは草案をCADの専門家に送り、バランスの取れたデザインになるよう図面に落とし込んでもらいます。こうしてできたバッグの設計図は、今度は海を超えてフィリピンへ──。
提携するのは、マニラにある2つのアトリエ。それぞれが独自のラタン編みを継承する地方のコミュニティとつながっており、デザインや素材に合わせて発注がかけられます。例えばパンダのバッグであれば、一つのコミュニティで基本の形状が編まれ、再び戻されたアトリエで耳や目鼻、持ち手、裏地がつけられ、最後に白黒に彩色される、といった具合に。職人たちは主に女性です。
メルボルンでデザインされたバッグは、海を超えてフィリピンの伝統的なラタン編みを継承するコミュニティで、すべて手作業で作られます。
「この2つのアトリエは、一緒に働くすべての人の生活賃金を約束し、コミュニティの活動を支持しながら伝統的な職人技を守り続けている、いわば社会的企業です。アトリエのマネージャーいわく、若い人々の関心が薄れ、なかなか高い技術を持つ職人が育たないのが現状です」。
バッグ作りを始めたのは2018年。当初は、東南アジアの国々を周ったものの、なかなかいい職人に出会えませんでした。フィリピンという作り手の場を開拓した今も、ビジネスを巡る試行錯誤は続きます。「私はデザイン学校も、アートスクールも出ていません。ただこういうバッグが好きで、直感を信じてやってきた感じです。インターネット、ソーシャルメディア、グローバルマーケット。それぞれの領域に付随するものを学び、適応している最中です」。
自分で切り拓いてきた、自由度の高い仕事の形。でも、ときに作品が批判に晒されたり、理不尽な注文を投げかけられたりすることも。それでも「お客さまが自分にとっての最大のインスピレーション」とジャスミンさん。「ヤマアラシのリクエストがあったけど、棘だらけのバッグはちょっとできないかな・・・」と苦笑するも、お客さまの希望は積極的に聞くようにしているとか。自身に課した制作上のルールは、スマホとお財布が入る大きさであること。そして、フェミニンで、楽しくて、レトロな雰囲気の色合いを大切にすること。そこから発想は自由に広がります。
現在ジャスミンさんは、数名のチームメンバーを率いて、ウィッカー・ダーリングのさらなる成長を目指しています。普段はリモートで働くメンバーが、定期的にジャスミンさんの自宅ガレージに集まり、商品の梱包や写真撮影をするのがルーティン。いずれ、みんなで仕事ができる倉庫やオフィス、ショールームを構えたいそう。
右はWicker Darling主宰ジャスミン・ノリーさん。左はエグゼクティブアシスタントで長年の友人のスカイさん。カラフルなファッションにも負けないWicker Darlingのバッグは、それぞれがステートメントピース。トータルな世界観が魅力的です。
そして、もう一つの夢は日本に関係すること。「最近、兵庫県豊岡市のカバンストリートのことを知ったのですが、是非この土地の職人さんたちに会ってみたいですね。実は私、奈良県で英会話学校の講師をしていた時期があるんですよ。もう一度、数年間、息子と日本で暮らすのもいいかな、なんて。いつの日か、自分のバッグを売るショップを日本で開くことも思い描いています」。
ジャスミンさんはこう締めくくります。「みなさんがバッグを見た時に感じる喜びがいつまでも続くことを願っています。そして、これを持って次に行く小旅行を楽しみにしてほしいです。バッグが周りの人々を笑顔にすることも忘れずに」。ウィッカー・ダーリングのバッグに夢を詰めて、ジャスミンさん自身の旅も続きます。
ジャスミン・ノリー
ウィッカー・ダーリング主宰。「日常に思いがけない一さじの喜びを」をコンセプトに、主に動物を象ったラタンバッグを制作。フィリピンの伝統的なラタン編みを生かす作品づくりは、現地の雇用確保と技術の継承にも一役買っている。
作品はウェブサイトから購入可能。
https://wickerdarling.com
インスタグラム:https://www.instagram.com/wickerdarling/