一枚の薄布に留める記憶と景色
絞り染め作家 清水美於奈

インタビュー:河野晴子
写真提供:清水美於奈

無数の小さな粒が連続して一つのかたまりとなっていたり、薄布でできた球体らしきものが台の上にそっと置かれていたり。深海の生き物のようにも、形を持たない風そのものにも見えます。
──これは何?
さまざまな想像を掻き立てる清水美於奈さんの作品は、いずれも伝統的な絞り染めの技術をベースにしています。絞り染めと聞いてまず思い浮かべるのは、柔らかな凹凸を特徴とした着物や浴衣地かもしれません。それが、こんなにもコンテンポラリーな表現になるとは。清水さんにお話を伺うと、創作の背後に絞り染めの表現領域を押し拡げるみずみずしい感性が息づいていました。
絞り染めは布地を「糸で括る」、「縫い締める」、「板で挟む」という主に3つの行為によって染料が入り込まない箇所を作り、文様を染め出す技術。その魅力に清水さんが気づいたのは高校生の頃でした。
「大阪の美術系の高校でろうけつ染めをしていたのですが、自分が布で表現したいことが想像通りに出るので、やりがいを見出せずにいました。でもある時、研修で訪れた工房で絞り染めを体験してみたら、意図しないところの発見がとても面白かったんです」。
染料がどれくらいの濃淡で、どう滲むのか。平面の布を立体的に形づくると、どのような可能性が見えてくるのか。絞り染めを巡るこうした探究は、その後進学した広島市立大学芸術学部でさらに深まります。
「宮島の空き家を再生させるプロジェクトがあった時に、絞り染めの作品展示を提案したんです。400メートルぐらいの布を絞って、空き家の空間全体で瀬戸内海を表現しました。その時に、素材と技法と空間が合致した感じがして、これだ、って思いました」。
その後はひたすら手を動かし、絞り染めに没頭した清水さん。在学中から早くも企業の商品企画や、ギャラリーでの展示の仕事が舞い込むようになります。
「自分には作りたいという意思が一番にあったので、いただける一つひとつのお仕事に勇気をもらっていましたね。そこから流れに身を任せ、絞り染めと向き合ってきた感じです」。

現在、清水さんは立体作品やアクセサリー、バッグなどを制作しています。特徴的なのは、絞り染めでは扱いが難しい極薄の布を用いていること。イメージした形に到達するために、手法の試行覚悟を重ねて今の表現が可能になったと、清水さんは言います。
また、一枚の布に繰り返し絞りを施していく絞り染め本来の連続的な美しさを最大限に活かすべく、清水さんは一つの作品を必ず一枚の布で制作することを心がけているそう。こうした緩やかなポリシーの先に、唯一無二の表現が花開きます。

作品のキーワードに漢字一文字を充てているのも、想像力を刺激する独特な工夫。例えば、「粒」。先染めした布にたくさんの小さなガラス玉を糸で括りつけ、その後、熱を加えて形状記憶させます。糸を解き、ガラス玉を外すと、うっすらと透ける粒がぽこぽこと立ち上がります。これを重ねたり、畳んだり、あるいはピアスに仕立てたり。
「粒」から連想するのは、泡か、はたまた吐息か・・・。とらえどころのない、儚いものに確かな形を与えている印象です。


一方、「浮」は、大判のシルクを蛇腹に畳み、ぐし縫いを施して絞る、杢目絞りの技法を用いたシリーズ。染め上がった布に張りのある竹を通すことで、複雑な立体性が生まれます。これらは単体のオブジェや、部屋の一角に吊るすインスタレーションとして披露されます。


同じく大型の「景」の作品は、布を交互に畳み、板で挟むことによって模様を染め出したもの。古くから伝わるこの板締め絞りで、清水さんは軽やかなリズムを帯びた情景を生み出します。青い丸模様が連なる作品は、梅雨時の展示に合わせて制作したものだそう。

そして、遊び心のある、「結」。豆入れ絞りという技法から着想を得ていますが、染めることではなく、絞るプロセスにフォーカスした作品です。通常は、括った部分を外すのが前提ですが、たくさんの大豆が括られた布をそのままバッグなどに展開しています。
黙々と作業に没頭する一方で、山登りと写真を撮ることが趣味というアクティブな一面を持つ、清水さん。
「インスピレーションは自然から得ることが多いですね。360度どこを見渡しても、山が見えない都会で育ったことの反動だと思います。でも、後から『あれに影響されていたんだ』って気づくことの方が多いので、無意識に景色を拾っているのかもしれません」。

後から見て「いいな」と思った写真を薄布にプリントし、絞り、熱で形状記憶する作品もあります。これらは、染める行為から完全に離れ、印刷の技術を用いた実験的な試みです。
「本来、写真って鮮明なものですが、それを絞って粒にすることであえてわかりにくくしています。感覚的ですが、時間を経て曖昧になった記憶の粒やかけら、というイメージです」。
景色も、記憶も、いずれは消えてなくなるもの。でも一度は確かに心に留めたもののはず。清水さんの作品は、絞り染めを通して一枚の布にいくつもの大切なものを留めているのかもしれません。
「私は、捉えがたいものに魅力を感じるんだと思います。写真が好きなのもそれに関係しています。留めておきたいものがあるから、布に形を記憶させたいのでしょうね。あ、形状記憶って文字通りの『記憶』ですね(笑)」。
清水さんの絞り染めの探究はこれからも続きます。布と向き合い、手を動かし、模様や形を模索しながら。
「手仕事に勝るものはないと思うんです。大量生産ではないけれど、私が作ったものでそう思っていただけるように、これからも仕事をしていきたいです」。
清水美於奈
大阪出身。広島市立大学芸術学部で染織造形を学ぶ。絞り染めの技術を駆使しながら、身近なアクセサリーからダイナミックな立体造形作品まで、多様な作品を展開。個展での作品発表や、オンラインショップでの販売を行っている。
ウェブサイト:
https://mionashimizu.com
インスタグラム:
https://www.instagram.com/miona_shimizu/
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Miona Shimizu Exhibition
展示期間 : 2025年4月5日(土)〜4月20日(日)
展示会場 : gallery jaja (ギャラリー ヤヤ)
広島県尾道市土堂1丁目15-16
お問い合わせ : 0848-29-3318
gallery-jaja.jp
営業日 : 11:00-19:00 (火曜・水曜定休日)
※閉館時間等の変更はNEWSにてお知らせします。
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