12月 13, 2024

身につけて楽しむ、装いの刺繍
刺繍作家 蓬莱和歌子

身につけて楽しむ、装いの刺繍<br>刺繍作家 蓬莱和歌子



インタビュー宮下亜紀/写真提供 蓬莱和歌子

 

可憐な花々を刺繍した、つけ襟。ワンピースやブラウスに重ねるだけで、たちまち華やぐ。服作りから刺繍へ、クリエーションが広がっていった、蓬莱和歌子さんのひらめきから生まれました。

「刺繍はとてもデリケートなもの。はじめは作った服の身頃に刺繍していたのですが、何度も洗濯するのはためらわれる。つけ襟なら、身につけるのも気軽。刺繍自体が主役なのではなく、身につける人が輝く、その人を引き立てるものがつくれたら」と、蓬莱さん。

2009年、Rairaiとして服作りから活動をスタート。その後、2012年からはじめた刺繍が注目を集め、本を出版するまでに。いまは刺繍作家として活躍しています。

 

『蓬萊和歌子の刺繡』(文化出版局)。
基礎やテクニックを掘り下げた集大成的な、5冊目の著書。表紙を飾った作品と。

 

「はじめは、無地のリネンやコットンのシンプルな服からスタートしたのですが、古着やアンティークボタンが好きで、ヴィンテージの生地で服作りするようになりました。生地からイメージをふくらませるのが楽しくて、夢中になりましたが、だんだん生地に頼りすぎている気がしてきて。
布の力に頼りきるより、イチから生み出したい。憧れてきた世界を、自分の手で布に落とし込みたいと思うようになりました」

オリジナリティを追求したい。そんな思いに駆られていた時、枚方・星ヶ丘洋裁学校内のギャラリーで、蓬莱さんは偶然、刺繍と出会いました。

 

つけ襟を重ねたワンピースも、蓬莱さんの手によるもの。

 

「学生時代は染織を専攻していたのですが、刺繍なら少ない道具で、自分の描きたい柄を布に落とし込める。すごく魅力を感じました。つくりたいのは、身につけるもの、装うもの。可愛い服は、自分自身、年齢と共にちょっと着づらくなっていたのですが、小物なら大人でも身につけやすいかなって。ブローチ、バッグやポーチ、ハンカチ…、作りたいのは持っていて癒されるものですね。

アンティークを忠実に再現したいわけではなく、新しい感覚で作り直して、時代に合うものを作りたいと思っています」

身につけやすい色や配置にもこだわって。モチーフの多くがお花なのは、流行に関係なく、時代をこえて愛されるものだから。華美でなく、素朴で、ノスタルジック。ヨーロッパの刺繍とはまた違う、昭和の懐かしさがあります。

 

 

 

「心の中にずっとあるのは、子どもの時に憧れた、女の子の可愛い服なんです。4人兄妹の末っ子で、服といえばおさがり。両親は実用的でシンプルな服を好んでいたので、地味な服が多かったから、なおさらかもしれません。フリルやリボン、花柄への、子どもの頃の憧れが、いまも好きな世界として、自分の中に息づいているんです」

いまの時代に身につけられて、けれど、どこか懐かしく、癒される。それこそが、蓬莱さんの刺繍の魅力です。

「刺繍は、ひと針ごとに表情が生まれて、刺す時間そのものも好きなんです。機械刺繍の進化も目覚ましいですが、ひと針、ひと針、一生懸命刺したものは、簡単には捨てられないものになる。理想を言うと……、私の名前は残らなくていいので、100年後、蚤の市にひょっこり出た時、 “だれが作ったかわからないけど、素敵だな”って、見つけた人に思ってもらえるもの。私が蚤の市で出会ったものに“昔の人はいいものをつくるな、素敵な感性の人だな”って思うように」

 

 

これから、新たに力を入れていきたいのは、刺繍の楽しさを伝えること。いずれアトリエにて、刺繍教室をはじめたいと考えています。

「自分だけで刺していても、作れる数には限界があるので、刺繍を楽しむ人が増えたらいいなと思ったんです。大事な人へ刺繍の贈り物をするって、とても素敵なこと。母から娘へ、友人へ、ハンカチにイニシャルを刺繍したり、結婚式のリングピローをつくったり……。同じアルファベットの図案でも、刺す人によって違うものになる。大切な人のためにかけた時間は、ちゃんとメッセージとして伝わると思います」

蓬莱さんが使う刺繍糸は決まって、25番。だれでも手に入る、気軽に使える、身近な糸です。ステッチの技法も、限られた基本的なもので。これから始める人にとっても、ハードルが高くなくて、うれしい。

 

 京都・西陣の古い家を夫とDIYしてアトリエ兼住まいに。刺繍糸はいろんな色の25番糸で。少ない道具ででき、場所も取らないのも刺繍の魅力。

 

「昔の人もきっと使っていたし、100年後にもありそうな素材。それだけでも、いくらでも表現ができて、可能性がある。娘さんやお孫さんに、代々おさがりで使ってもらえるような、そんな図案を考えていきたいですね。不器用な人でも、小さな花一輪からはじめてもらえたら」

 

プロフィール

刺繍作家。京都市立芸術大学にて染織を専攻。雑貨メーカーなどで働いた後、結婚を機に退職し、京都を拠点に「Rairai」として服作りをスタート。2012年から手刺繍を始め、つけ襟やブローチなど、刺繍の小物を主に手がける。『蓬萊和歌子の刺繡』(文化出版局)など著書多数、手芸雑誌などでも作品を発表する。

https://www.atelier-rairai.com

https://www.instagram.com/rairai_ws/