長く愛せる、私らしい服を目指す
Renranのヴィンテージリメイクと
オーダーニット
インタビュー:河野晴子
写真提供:Renran
Photos by Kazuki Hioki
袖に涙が落ちかかる様子を通り雨にたとえて「袖時雨」と言います。ニットウェアブランドRenranのモヘヤのカーディガンを試着した際に、そんな言葉がふと頭に浮かびました。
袖口にくくりつけた大小の透明なアクリルビーズが、今にも消えてなくなりそうな水滴に見えたのです。ニットとビーズのわずかな接点。そこに見てとれる刹那な動きが、さまざまな感情を掻き立てます。
デザイナーは、糟谷恵さん。彼女が2023年に立ち上げたRenranは、こうしたさりげない工夫を施した受注生産のニットと、古いニットを現代の空気感に合うように作り替えるヴィンテージリメイクの二本柱で展開されています。
小学生の頃は祖母に編み物を教わり、中学生の頃にはミシンで服を縫っていた、糟谷さん。文化服装学院に進学した後、アパレル関連の仕事を経て、繊維業界に身を置くようになります。そこで携わったのが、手芸用の糸の企画。糸を撚り合わせて太い糸にしたり、理想の光沢や色味を目指したり。糸そのものと向き合う日々は刺激的だったと、当時を振り返ります。
その後、糟谷さんは出産と育児というライフステージの変化を経験。ときはコロナ禍のただなか。心に去来するのは不安やもどかしさでした。「どこにも行けなくて、世の中と繋がりたいという漠然とした気持ちがありました。自分自身、20代が終わる頃で、仕事への自信がないまま子供を産むタイミングがきたので、もっと仕事がしたかったという気持ちが強かったですね」。
立ち止まることを余儀なくされた日々。そんな中、家で自分のニットをリメイクし、その様子をSNSに上げたことが転機をもたらします。
ある時、父親を亡くした友人から、遺品のセーターのリメイクの依頼が舞い込みます。最初は戸惑いがあったものの、1970年代のアランニットを手にして感じたのは、その方が辿ってきた人生やその時代の空気感。黄ばみが目立つリブ襟をほどき、ポップコーン編みの首元に仕上げました。依頼主のセンスに合う、軽やかなデザインがとても喜ばれたそう。
「その時に、これって世の中にはないサービスなのかもしれないと、ふと思ったんです。ジュエリーを代々受け継ぐためのリメイクもありますが、ニットだってもともとの価値が高いものだという意識があってもいいと思うんです」。
「Renranは鈴蘭を意味し、“リンラン”はその中国読みです。中国で育った祖母がかたことの中国語を思い出す中で、教えてもらった言葉です。鈴蘭の花言葉は、“再び幸せが訪れる”。祖母は、祖父のニットを作り替えてずっと着ていたような人です。私も、眠っていたニットを今の時代に蘇らせるお手伝いができるかなという思いを、この名前に込めました」。
お客さんからの依頼の他、糟谷さん自身がヴィンテージニットを探すことも。傷みや汚れといった難ありの服を女性らしいシルエットに再生させるべく、さまざまな工夫を考えます。目を引くのは、ニットには珍しい肌見せや、きゅっと絞った袖口などのデザイン。
「鎖骨や手首など、なるべく太らない場所に肌見せを入れますが、若い人に向けて作っているわけではないです。私もこれから年を重ねていくわけですし。私の想像し得る範囲で、長く着られる女性らしいデザインを考えていきたいです」。
さらには、セーターの一部を切り離し、ひっくり返して付け直すという大胆なリメイクも!「何十年も裏にいたのに、急に表に出されてニットもびっくりしたと思うんですけど(笑)、特徴的な編み地を見せたらかわいいと思って」。出来上がった表裏混在の模様はポジとネガのように呼応し合い、視覚的なリズムが生まれます。
糟谷さんはポリシーとして、ニットにザクザクとハサミを入れたり、ロックミシンで端を処理することはしません。糸を一本だけ切って丁寧にほどいていくことで、編んだ人のくせやテクニックが見えてくるそう。ほどいた糸を元のニットに「返す」形で、部分的に編み直す場合も、新しい白い糸を用いることもあります。
一方の受注生産のニットは、冒頭のビーズつきのカーディガンやベスト、飾り穴が開いたミトン、自由に使える三角形のニット、リップケースなど。これらは展示会で披露した後に、オーダーが入った分だけ仲間のニッターに業務委託をする形で制作します。
「私自身、これまで働き方に悩んできた結果、こういう形に辿り着きました。過去の私は社会との繋がりが持てない一方で、どこかで自分が極めてきたスキルは世の中に役立つのではと思っていました。編み物って趣味だと思われますが、丁寧さとか、目に見えないものがいっぱい詰まっていて、それはお金を払えるだけのものなんじゃないかと。ニッターの応募をかけたら、同じ思いの方々から大きな反響がありました。今は、素敵な人が集まってくれて、ゆくゆくはみんなが『これが仕事だ』って思える形のチームにできたらと考えています」。
一目一目、ゆっくりと、丁寧に編み進めていく。ときに立ち止まり、ほどいてやり直す。人とは違うパターンもあっていいはず。糟谷さんのニットへの思いは、彼女の生き方の模索と重なります。
「抽象的ですが、自立した女性に向けて作品を作りたいという気持ちがあります。今、していなくても、したいと思っている人にも。他人からどう見られるかというより、自分が好きだからこれを選ぶという軸がしっかりある人に向けて届けたい。私は私でいいんだって思える服が作りたいです」。
糟谷恵
Renran主宰。古いニットに自由な発想の息吹を吹き込み、長く着られるデザインを新たに生み出す。繊維業界での経験を経て、廃棄される糸の活用にも目を配る。現在は、企業支援拠点「イデタチ東京」にオフィスを構え、ビジネスの土台作りに励んでいる。
ウェブサイト:https://renran.theshop.jp
インスタグラム:https://www.instagram.com/renran_knitwear/
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マイアミで行われるアートフェア、SCOPE Art Show (2024年12月3日-8日)のギャラリーショップOpen EditionsにてRenranニットを出品予定。
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