手摺りの木版画を、次の時代へつなぐ
原田裕子 竹中木版 竹笹堂六代目摺師
京都の小さな路地の町家に、竹笹堂はあります。明治時代から続く竹中木版が展開する木版画の工房兼店舗。職人の手摺りによる伝統的な木版印刷から、老舗の掛け紙、かわいいオリジナル雑貨やアート作品まで手がけます。あたたかみのある色、風合いは、手摺りならでは。
浮世絵で知られる日本の伝統的な木版画は、絵師・彫師・摺師による分業制。絵師が木版画の元となる下絵を描き、彫師がその絵を彫って版木をつくり、摺師が版木を使って紙に摺ります。それぞれに技術を要するため、専任の職人が力を合わせて、一つの作品をつくりあげます。
原田裕子さんは、竹中木版六代目摺師。鹿児島県出身で、京都の教育大学で美術を専攻。小学生の頃、バレンで版画を摺ったことをふと思い出し、やってみたいなと思ったのが、ことの始まり。
「なんとなく楽しかった記憶があって、はじめは大学の実習にできればいいな、くらいの軽い気持ちだったんです。画材屋さんに行ってみたものの、どんな道具を揃えればいいかわからない。お店にあった電話帳で『竹中木版(竹笹堂)』を見つけて、かけてみたんです。そしたら、『まあ、一回うちに来てみたら』って。それが、のちに師匠となる竹中木版五代目摺師・竹中健司さんでした」
そうして、竹笹堂が主宰する木版画教室に通い始めた原田さん。当時は、絵の延長線にある楽しみのひとつでした。
「就職活動がはじまり、教育大学だったので、まわりが教員を目指す中、私は進路を決めかねていたんです。そしたら、師匠が『うちへ、来る?』って。工芸専攻ではなかったので、そんな選択肢があるとは思ってもみなくて。その道があるんだ、やってみたい!と思いました」
「練習よりも、実践。慣れるしかない」。原田さんが竹笹堂に入るとすぐ、師匠からぽんと仕事を投げられました。
「はじめて仕事として摺ったのは、注文で受けている老舗の掛け紙。印刷物ですから、一枚一枚、摺り上がったものが同じでなければならない。1200枚摺って、半分がボツでした。技術が達していなかったりして、行き詰まるたびに、師匠が手を差し伸べてくださり、ほんとに長い間、失敗させてもらえたことが糧になっています。コツは体で覚えるほかない。ひたすら繰り返すうち、ある時突然、わかるようになるんです。今でもやったことのないものは、そうですね。紙が変われば感覚が変わる。色がつきやすい紙もあれば、絵具がたまりやすかったり、滲んだり……、そのたび挑戦です。『この紙に摺ってください』とお客様からお預かりすると、そう何枚も失敗できないし、期日もあるので、毎回、身が引き締まります」
緊張感のある中、経験を積み重ねることで、できることが広がっていきました。原田さんは木版画の作家として、オリジナルの作品も数多く手がけています。京都情報が盛りだくさんの、人気のスケジュール帳『京都手帖』(光村推古書院)のカバーや装画は原田さんによるもの。10年以上にわたって毎年制作し、そこからブックカバーやぽち袋といった雑貨も生まれています。
「絵を描くのとはまた違う楽しさが、木版画にはありますね。木に彫られた線を、どんなふうに摺るか。その時生まれる、偶然が作品に表れる。彫りも摺りもうまくいくと、原画を超えてより良くなる、それがすごくおもしろいです」
どう仕立てるかで、飾るだけではなく、使うものにもなるので、可能性は無限大。だから飽きることなく、探求が続きます。師匠に見込まれ、26歳の時、原田さんは竹中木版六代目摺師を襲名しました。
「師匠がおもしろいこともこの道に進む決心につながりましたね。決して探求をやめず、歴史を研究し、新しいことにも挑戦する方です。弛まず学び続ける師匠が目の前を歩いてくれている、それはとても心強い。『受け継いだものは、血だけでつなぐものでない』と師匠に襲名のお話をいただいたことは、仕事として向き合っていく上で良かったと思います。プレッシャーもありますが、次へつないでいく一人として、ステップアップしていきたいです」
原田さんはいま、4人の子育て中。産休をはさみながら、毎年の『京都手帖』は必ず手がけ、摺師を続けてきました。
「若い時はがむしゃらに頑張りましたけど、いまは家族のことで止まらざるを得ないこともある。けれど、それがかえって良かったなと思います。いき過ぎて体を壊したこともあったけど、バランスをとりながら、自分をコントロールできるようになりました」
これから新たにやってみたいのが、型染め。紋様を切り抜いた型紙を使って着物や帯を染める、日本の伝統的な染色技法です。「木版画との共通項がある気がして、やってみたいんです。木版画に転用できることもあるかもしれないなって」
好奇心のままに、とにかくやってみる。それは、学生時代から変わらない原田さんらしさ。経験を積んだいまだからこそ、新たな体験から、つかめるものがある。摺師として、そして作家として重ねてきた歳月が、これからの人生を豊かにしていきます。
原田裕子/Yuko Harada
竹中木版六代目摺師。五代目・竹中健司、四代目・竹中清八に師事し、技を磨く。木版画作家としても活動し、木版画の作品や商品デザインなど多岐にわたる。竹笹堂は店舗を併設し、オリジナル雑貨やアートを販売。
竹笹堂 京都市下京区新釜座町737 TEL075-353-8585
Website: takezasa.co.jp
写真:たや まりこ・竹笹堂
amirisu26号掲載