6月 01, 2019

海と地球の声を紡ぐ 
ヴァネッサ・バラガゥンのアップサイクル・タペストリー

amirisu featured @Vanessa Barragão

インタビュー:河野晴子  
写真提供:ヴァネッサ・バラガゥン

amirisu featured @Vanessa Barragão

 

さまざまな手芸技術を折衷的に取り入れ、見事に融合させるヴァネッサ・バラガゥンの作品はどれも息を飲むほどに美しい。彼女が生み出すラグやタペストリーは、タフティング、ラッチ・フッキング、クロシェ、ウィービングなど異なる技術をひとつの表面上に用いて、生命力に満ちた海や地上の風景を表現している。ある作品では、毛足がきれいに整えられたラグ状の土台が柔らかな海底を思わせ、そこからかぎ針編みされた柱珊瑚が立ち上がる。小さな器状に編まれたフジツボの傍で、幾重にも重ねられた毛糸のフリンジでできたイソギンチャクが漂う、といった具合だ。こうした彫刻的な性質が、ヴァネッサの作品を唯一無二のものにしている。

ヴァネッサはポルトガルの南端にあるアルブフェイラに生まれた。かつては小さな漁村だったが、今では人気のビーチリゾートだ。この街で吸収した海沿いの文化が彼女に多くのインスピレーションを与えた。「私の海との接点はここで始まりました。家族とこの街が今の私をつくったと言えます」とヴァネッサは回想する。祖母たちが得意な編み物で洋服を作るのを見ながら、少女であったヴァネッサもお人形の洋服をせっせと編んだそう。家の中にあった端材を使いながらさまざまな手芸の技術を自然と身につけていった彼女は、やがてファッションとテキスタイルデザインを学ぶためリスボン大学へ進学する。

修士過程まで進んだヴァネッサだったが、次第にファッション業界の現実に違和感を覚えるようになった。「ファッションデザインに情熱を見出すことは無理だと気づいたんです。ファッション産業における製造工程の全てが私が求めているものとは違いました。そこで、自分が幸せだと思えるものを創ろうと目覚めたんです」。

ファッション産業の現実。それは、織物を工業的に大量生産することで環境に大きな負荷がかかるということ。繊維処理や染色には化学製品が使われ、機械類は膨大なエネルギーを消費し、業廃棄物を排出する。こうした汚染物質はさまざまな生態系に悪影響を及ぼしているが、なかでも珊瑚礁はもっとも深刻な危機にさらされている。

卒業後、ヴァネッサは北部の街ポルトに移住し、ラグ工場でデザイナーとして働き始めた。まだ十分に利用可能であっても廃棄されてしまう毛糸や繊維を目の当たりにした彼女は、こうした素材を自分のアートワークに利用しようと思い立つ。端材をクリエイティブにリサイクルし新たな作品を生み出すこと、すなわち「アップサイクル」は、彼女の理想に合致する制作方法となった。「リサイクルに制約はありません。アップサイクルまで持っていければ、それは本当に素晴らしいこと。地球にとって悪いことをしているとわかっていながら何かを制作するなんて、私にはできないんです」と彼女は語る。

 

こうしてヴァネッサは大型のファブリックアートの制作に専念するため、2014年に自身のスタジオを設立した。これまでに発表した作品は珊瑚礁、海、地球、月などをテーマにしている。色とりどりの毛糸を用いた躍動感に溢れる作品もあるが、単なるユートピア的視点で自然を捉えてはいない。例えば、白やベージュ、クリーム色のウールやフェルトを使用している作品《Bleached Coral》(2017年)。一見すると静謐で心地よい色合いだが、想起されるのは珊瑚の白化現象に他ならず、つまりは地球温暖化の行く末を物語る作品である。「健康な珊瑚礁は鮮やかな色を持ち、花々が咲く庭のように見えますが、これは死に向かう珊瑚礁を表しています。白化という現象を表現するのは、今まさにこうしたことが起きていることを伝えるためです」。

さて、ヴァネッサのクリエイティブな一日とはどんなものなのだろう。朝はまず、ダウンタウンにある家から自身のスタジオまで自転車を走らせるそう。地中海の光が差し込むスタジオでたくさんの毛糸に囲まれながら彼女は日々、新たな発見を求めて制作に励んでいる。色やテーマを軸にアイディアを膨らませていくが、前もってスケッチを描くことはない。「完成図を辿りながら制作をすると創作性が失われてしまう気がするんです。作品が完成した瞬間に初めて自分の作品と『出会う』ことに喜びを感じています」。そして、一日の締めくくりには友人たちと美しい夕日を見にいくのだそう。

そんな理想的なルーティンを続けるヴァネッサは現在、7月に発表する新作に取り組んでいる。「サプライズなの」と、詳細について多くは語ってくれなかったが、確かな信念と豊かな表現力が伝わる力作になることは確かだろう。世界中に広がりつつある彼女のファンと同様、彼女自身も新作に「出会う」ことを心待ちにしているはずだ。