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すべてのものにはひびがある光はそこから差し込むのだ
これは、歌手で詩人のレナード・コーエンが書いた『アンセム』という曲の一節。世界の勢力図が大きく変わった1990年代初頭に紡がれた曲だが、不完全な世の中にも希望や美しさは見出せるという、いつの時代にも道標となるメッセージが込められている。
実はこの歌詞、「金継ぎ」を語る上でしばしば引き合いに出されることがある。金継ぎとは、壊れた陶磁器を漆で接着し、そのひびや欠けの痕跡を金で装飾する伝統的な修復技術。欠点や不具合から目を背けるのではなく、そこに可能性を見つけようとする金継ぎの精神を、このコーエンの言葉が図らずも言い当てているというわけだ。
昨今は安価な食器が手軽に買える一方で、断捨離やミニマリスト的な価値観の高まりも見える。思い入れのある器を数少なく所有する人が増える中、この金継ぎにも注目が集まっている。吉岡拓麻さんと萩原裕大さんは「金継ぎ暮らし」という名の下、器の修復とワークショップの開催を行っている。金継ぎの広まりは国内外で見られるが、彼らの活動には金継ぎへの熱い想いが支える大きな特色がある。
諸説あるが、金継ぎは茶の湯が大成された安土桃山時代に始まったとされる。織田信長は茶会を開き、そこに招かれることが家臣たちにとっては一つのステータスであった。使われる茶碗は高価で替えがきかないものばかり。そこで「直す」「繕う」ことが必然となった。漆は黒い線として残るが、その見栄えを高めるために上から金属粉を撒くことが考えられた。修復と装飾が表裏一体となり、そのあわいに独特の美が生まれる。それが金継ぎなのだ。
「普通、傷跡は見せたくないものです。でも金継ぎはそこをあえて目立たせる。あるがままを受け入れる禅の精神に由来するこの日本独自の感性が面白いと思います」と吉岡さんは語る。「壊れたことは恥ずかしいことじゃない。その不完全なものをみんなで美とみなしましょう、と。これって人間も同じですよね。嫌なことがいっぱいあってもがんばって生きている。その姿が美しいだろうって思いたいものです」。
吉岡さんは会社員だった頃、知り合いの大切なお茶碗を割ってしまった経験がある。「買って返すのではなく、これを直さなければと思ったんです。そこでのちに師匠となる人のところに駆け込んで、金継ぎの技術を学ぶうちにすっかりはまってしまいました」と振り返る。数年の修行ののちに独立を勧められた。
一方の萩原さんは美術館に勤めていた頃、日本文化に触れる中で金継ぎと出会った。「焼き物文化がある地方では器が割れたら窯元で直すことがあるけれど、こうしたサイクルを東京でも確立できたら素敵だなと思ったんです」と言う。もともと友人同士であった二人がそれぞれに出会った金継ぎ。その縁の先に「金継ぎ暮らし」の立ち上げがあった。
開設当初は参加者を募ったものの、手応えは薄かった。活動が軌道に乗り始めたのはテレビドラマの中で役者が金継ぎをするシーンを彼らが監修し、注目が集まった頃から。さらには東京オリンピックを機に日本文化の紹介としてBBCからの取材もあった。
機運の高まりを感じつつも、お客さんが本当に求めているものを自問すると、金継ぎの新しい形が見えてきた。「ある時、『私はこの器をどうしても直したいだけで、職人になりたいわけではない』と言われて、お客さんに対して金継ぎの正しい在り方を考えるようになった」と吉岡さん。壊れるのは一瞬のことだけど、直すには根気がいる。この差異を埋めるべく、湿度の調整や乾燥が大変な本漆ではなく、手早く作業ができるエポキシ樹脂や新漆を用いる「簡易金継ぎ」が最適だと思えた。
しかし、この簡易金継ぎにつきまとうのが安全性の問題。器を口につける上でややグレーに思われる技術が出回っているのも事実。そこで萩原さんがメーカーを駆け回り、食品衛生法をクリアした道具や材料を手に入れた。結果として、「金継ぎの安全性についてモヤモヤした気持ちを持っている方は多いけれど、調べていけば私たちに辿りつくと思います」と言えるほどの環境が整った。
とはいえ、「このまま行けば金継ぎはなくなる」と二人は口を揃える。萩原さんいわく「日本の漆のシェアは全体の一割程度。漆の木を植える人、漆を取る職人も後継者がいない。文化も生産者も潤う方法を模索しなければと思っています」。金継ぎを取り巻く状況も不完全という言葉に要約されるのだろう。
「あぐらをかいて同じことをやり続けるのではなく、現代に合った金継ぎの形も生み出していきたい。そのために応援してくれる味方を増やしたいです」と吉岡さん。二人は今ある可能性のピースをつなぎ合わせながら、金継ぎの未来の形を作り上げている。そこから光が差し込むことを願って。
※金継ぎ暮らしは現在、六本木のg KEYAKIZAKAや自由が丘で本漆と簡易金継ぎの教室を開催。詳しくはホームページとインスタグラムから。
https://kintsugikurashi.com
Instagram @kintsugikurashi
Photos by Meri Tanaka