6月 01, 2020

架空の国への誘い
刺繍アクセサリーARRO

架空の国への誘い <br>刺繍アクセサリーARRO

 

初出:2020年 amirisu20号

 

幾重にも重ねられているのは、鳥の羽とおぼしきフォルム。手に取ってみると、それぞれに違う大きさと模様の羽が一つの塊となっているピアスであることに気づく。鏡の前で片耳にかざしてみる。長さが5センチ近くあるので、耳たぶの先からフェイスラインにまで届きそう。思いのほか大ぶりだが、全体が丸みを帯びているため顔まわりに寄り添うように収まり、「つける」というよりは「まとう」・「装う」という言葉が似合うアクセサリーなのかもしれない。

機械刺繍と手作業でつくられるARROのアクセサリー。この羽のピアスはHunterと名付けられたもので、猛禽類、すなわち鋭い口ばしやかぎ爪で他の動物を捕食する鳥の羽から着想を得ているそう。そう聞くと、しなやかなフォルムの中に力強さがわずかに感じられ、ピアス一つからまた新たなイメージや物語が広がっていくから不思議だ。

重層的なつくりでありながら軽やか、大胆なデザインでありながら儚げ。ARROのアクセサリーは、一筋縄ではいかない多面性を孕んでいる。

 

デザインを手がけるのは渡辺奈菜さん。ファッションデザインを学んだ後、アパレルの世界でキャリアを積んだ経歴を持つ。その時に洋服だけではなく、テキスタイルやアクセサリーを手がけたことが自身のブランドARROの立ち上げへの道筋を作った。

「制作をしていくうちに、立体的なものの方が自分に合っていることに気づきました。立体的なものをつくると、手にとってくれた人がびっくりしてくれるのが嬉しかったですね。そして、小さいものの方がより立体性を具体的に示すことができたんです」。

小さく、立体的なものが見る者に驚きをもたらす。それは例えば、シダやコケなど湿地の植物からインスパイアされたWetlandというイヤーアクセサリーが体現している。「この作品は、しっとりとした空間に生い茂った植物がわずかな光に照らされて輝く様子を表現しています。生い茂った植物は今にも自力で動き出しそうな迫力と強い生命力を持っています」と渡辺さん。

 

確かによく見ると、丁寧に組み合わされたパーツは見る角度によって瑞々しい光沢を放ち、葉脈や胞子嚢など植物のミクロな世界を想像させる。そこに向けられた渡辺さんの繊細な眼差しと、ダイナミックな表現のコントラストが実に魅力的だ。

この他、珊瑚や貝殻、飛翔する鳥、熱帯の花々、そして倒木に生えたキノコまで、ARROの作品テーマはそれぞれが図鑑の一片のようでもあり、夢の一コマのようでもある。現実と空想のあわいを漂うこの世界観を、渡辺さんは「架空の国」と呼んでいる。

 

 

「親の転勤に伴い、熊本や青森に住んでいた頃もありました。身近なところでキツツキが巣を作っていたり、リスが走り回っていたり。幼少期に体験したこうした美しくて、現実か空想かよくわからない曖昧な世界を、『架空の国の装身具』として表現したいと思ったんです」。

制作はテーマに沿ったイメージのラフスケッチから始まる。描いたパーツを無地の紙で切り抜き、折り曲げたり、組み合わせたり、試行錯誤を重ねながらプロトタイプをつくっていく。立体的な思考と妥協のない手作業。渡辺さんの強みがここでいかんなく発揮されるのだ。途中、パソコンでスキャンをしてから色や柄を加えたり、形の微調整を行う。そして作品は一旦渡辺さんの手を離れ、国内の機械刺繍の工場に託される。

機械刺繍は言うならば、大型のミシン。一般的に出回っている衣料品や雑貨に刺繍を施す技術である。渡辺さんが制作したデータを職人が刺繍機用データに変換し、そこから実際の刺繍が始まる。こうした工程、また「機械刺繍」と聞くと、予定調和的に物事が進むように思えるが、さにあらず。針の動かし方一つで光沢感や厚みなど、表情にさまざまな変化が生まれるそう。当然、渡辺さんの思い描いたイメージに仕上がらないこともある。また、素材の耐久性やコストの高さなど、制作の難しさは常に感じるそうだが、工場のプロセスに触れることやものづくりをともにすることで新たな刺激を受けると言う。「一つのフォルムを考えることは忍耐がいりますが、最後に色や形、刺繍の表情のすべてがガッチリとはまった時には達成感があります」。

ARROというブランド名は、矢印や矢を意味する「arrow」が元になっている。矢印は意味のなかったもの、目を向けていなかったものに意識を向かわせる記号であり、矢はここではないどこかへの導きや誘いのモチーフである。

「身に着ける人が自由に意味を持たせて楽しんでもらえたらいい」。渡辺さんの願いは、放たれた矢のようにARROのアクセサリーを手にした人に届き、そこからさらに自由な想像の軌道を描いていくはずだ。

 

写真提供:ARRO
Photography / Terukazu Sugino 
Hair & Make-up / Nanae Nojiri
Model / Rio

https://www.arroarro.com
Instagram @arro_acc

 

写真1: Wetlandシリーズのイヤーアクセサリー
写真2: Hunter
写真3: Wetland

写真4: 珊瑚をモチーフとしたCORAL EGG