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インタビュー 宮下亜紀/写真 御菓子丸 提供
「鉱物の実」
見て、食べて、感じる。
まるで現代美術のインスタレーションのよう。「御菓子丸」杉山早陽子さんにとって、和菓子はアート。鑑賞し、食べるまでを、一つの体験ととらえてつくります。美しいたたずまい。口にすれば伝わる、香り、食感、味わい。体内に取り込んで感じることができる、表現。だれかが食べて、作品が完成します。
「食べると、景色が見える。そんな和菓子をつくりたいと思っています。物体的には消えてなくなるけれど、その人の中に景色が広がって、記憶に残るような」
「甘露」
この夏、つくりあげたのは「甘露」。口すると、覚えのある、濃厚な甘みと香り。なんと、玉蜀黍(とうもろこし)の水羊羹です。砂糖はなるべく控え、出汁と合わせて、とうもろこしそのものの甘みを引き立てています。「甘露」とは、仏教における、甘い蜜のような食べもの。天から与えられた、不老不死の妙薬とも言われます。たっぷりとふくませた甘い蜜が滴り、夏の気怠さに染み入る。これはまさに、甘露。
それにしても、和菓子にとうもろこしとは。意外な素材に思えますが、杉山さんは季節の野菜や果物、ハーブやスパイスなども用います。きっかけは、中国茶との出会いでした。
「茶席の和菓子は、抹茶を引き立てるためにあるので甘く、香りは控えます。色や形で季節を表現しますが、春も秋も味は同じ。そこに少し違和感を覚えながらも、それがあたりまえだと思っていました」
けれど、中国茶ではドライフルーツやナッツとも合わせる。中国茶と親しむことが、見方を変える、きっかけになりました。
「思えば和菓子のはじまりも、果物や木の実。江戸時代の茶会記では、焼いた栗や煮た椎茸、つるし柿などが記されます。砂糖がない時代には、それこそ、いまとは違うお菓子があったんじゃないかなって思うんです。つるし柿をそのまま出したのか、どんなふうだったんだろうと想像するとおもしろくて。私がやっていることは、室町や江戸の、茶席菓子に立ち返っていることなのかもしれません」
「種子」
正式なお茶会では難しいかもしれないけれど、カジュアルなお茶席で、あるいは、中国茶など、さまざまな飲み物と合わせるなら、季節の表現として旬の素材を使っていいのではないか。
そんな思いから生まれたのが、「鉱物の実」。黒文字の枝に果実の琥珀が実る、うつくしい菓子です。「和菓子の歴史は果実や木の実から。果実が閉じ込められて結晶化し、化石になったら……」、そんな想像から生まれたと言います。シャリッ、トロッとした、柑橘が香る寒天。想像しながら味わうのが楽しいお菓子です。
夏の終わりに出来上がった新作は、「知恵餅」。楽園の香りを閉じ込めた、無花果(いちじく)と道明寺の菓子です。エデンの園で、裸を恥じらい、アダムとイブが身につけたのが、いちじくの葉。いちじくの葉で香りづけして、いちじくの実を。いちじくそのものよりも、芳しく香り、想像をかきたてます。
コロナ禍、イベントがままならなくなり、いまはオンラインストアが活動の中心。和菓子をつくる上で、送ることが前提となりました。「甘露」も「知恵餅」も、そんな制約の中で、つくり出した季節の菓子です。
「冴ゆ」
「時間が経ってもおいしく、形がくずれないように。けれど、これまでつくってきたものと変わらない、印象を与えるものでありたい。試作を重ねて工夫することになりますが、それが、あんがい楽しいんです。私にとっては、プレゼントをつくる感覚。実際、受け取ってくださった方が、玉手箱のように、開ける瞬間から楽しんでくださっているのが、SNSなどを通して伝わってきて嬉しいです」
2020年、双子を出産し、子育てがはじまったばかりでもある杉山さん。活動がままならなくなるのではないかと思っていたそうですが、製造はスタッフにサポートしてもらい、夜、子どもたちが寝入ってから試作に打ち込んでいます。コロナ禍も重なり、かえって集中でき、作品ひとつひとつとこれまで以上に深く向き合えているそうです。
「いずれまた、喫茶もやりたいんです。おひとりずつもてなせるような。一対一になって、生まれるものがあるから」と、杉山さん。つくり手と向き合える、そんな場ができればうれしい。
菓子からはじまる、ひととき。そのとき、見えるものを楽しみに。
杉山早陽子さん Photo : Shuya Nakano
杉山早陽子 | Sayoko Sugiyama1983年三重県生まれ。「御菓子丸」主宰。京都を拠点にする。写真集「和の菓子」(パイ インターナショナル)に触発されて、大学卒業後、和菓子店に就職。同じ思いを持つ内田美奈子さんと和菓子ユニット「日菓」を結成し、10年にわたって活動。その後、「御菓子丸」として和菓子を制作。現在、実店舗はなく、オンラインストアにて販売。
https://www.okashimaru.comhttps://www.instagram.com/okashimaru_/
amirisu23号掲載