7月 11, 2022

毎日の暮らしが、つくりたいものにつながる
陶芸家、芦田尚美 AMETSUCHI

毎日の暮らしが、つくりたいものにつながる<br>陶芸家、芦田尚美 AMETSUCHI

インタビュー 宮下亜紀/写真提供 AMETSUCHI

 

使えるものを、つくりたい。心の中にあるのは、そんな思い。陶芸家の芦田尚美さんは京都に暮らし、AMETSUCHIの名でも活動しています。「あめつち」とは、天地。つくりつづける作品「ヤマノハ」は、山の稜線が器に描かれます。それは、空と土のあいだにある、境界線。

 

「京都の鴨川、出町柳のあたりが大好きなんです。上流には山並みが見えて、空と地面の境界線がぐるりとまわっている感じがする。磁器をつくりはじめ、個性を出せたらと思っていたときで、ふと器に山並みを入れたらどうだろ、そう思ったんです」

筆で描くのではなく、線刻でぐるりと。峰から峰へつづく稜線が美しく、山の気配が際立ちます。誰の心の中にも、その人なりの山の風景がある。モチーフにしたのは鴨川から見る山並みでも、それぞれ心の中にある景色と重なって見えます。「ぱっと見たときは気づかず、あとから山に見えて、あ!っとなる人もありますね」と、芦田さん。食卓に、手の中に、山がある。それはなんとも言えず嬉しい。男性からも好まれているというのもうなずけます。

 

子どもの頃から手を動かすことが好きだった、芦田さん。つくることが身近でした。

「遠足の前日、気に入ったカバンがないからって、持って行くリュックをつくるような子どもでした。洋服もよくつくっていたし、ほしいものがなかったらつくればいい、そんな感覚がありました」

子どものとき、絵画教室でやきものづくりを体験。人の手によって形を変え、窯の火で変化する。絵を描くのとはまた違う、土のおもしろみが記憶に残り、芸術大学で陶芸を専攻します。

「窯から出すときのわくわくする気持ちは、今も変わらないんです。多少の失敗もあるけれど、思っている以上に良くなることもあって、その感覚が忘れられないんです。繰り返しつくる定番もありますが、それでも毎回どこか違って、飽きません。大学では「何を表現したいか」を問われましたが、私自身は本来、何がやりたいかよりも、手を動かしていたい気持ちが大きい。だからただただ、次のものがつくりたい。つくることに飽きないように、ちょっとずつ変わっていきながら、誰かが気に入って使ってくれるものをつくっていきたいです」

 

好んでつくるのが、磁器。土ものとも呼ばれる、粘土でつくる陶器に比べ、陶石を原料にする磁器は焼き締まって硬く、洗いやすい、日常で扱いやすい器になる。それは、使えるものをつくりたい、芦田さんの思いに通じます。磁器はシャープな印象で、型に入れてつくる工業製品のイメージもありますが、芦田さんの器はちょっと印象が違います。

「大学時代に学んだのは土ものなので、土もののやり方で磁器をつくっているからかもしれません。やわらかな土と違い、無理に形づくるとひび割れたり、ゆがんだり、扱いづらいところもありますが、土を扱う感覚で自由に。薄く繊細に削っても丈夫ですが、安心して使ってもらいたいから、あえて厚手にしています」

 

 

磁器らしからぬ、あたたかみがあるのは、それゆえ。芦田さんの器の魅力です。これまで京都・松ヶ崎の自宅で制作してきましたが、2019年、茅葺の家が残る里山・美山に移住。小さな蔵を改装して、アトリエにしています。

「美山で暮らし始めてよりシンプルになりました。街中には楽しいことがたくさんある。20代だったら不便を感じたかもしれませんが、そこから何を選べばいいかわかってきたから街を離れても大丈夫って思えました。人生のタイミングが合ったんですね。余計なことに振り回されることがなくなって楽になりました。

コロナ禍もあって、毎日、母屋と行き来するくらい。ただ暮らしているだけ、だけど、同じ日なんてない。同じ山を見ていても日々、変化があります。夜になるのが早いから、明るいうちにあれをやろうとか、自然の摂理に合わせて過ごしている感じ。1年目は生活に慣れるのに必死だったけど、3年目はいろんな気づきがあって楽しいです」

 

芦田さんは、実は編み物が好き。美山に暮らし始めて、自分の時間がたっぷりとでき、夜は編み物が楽しみになりました。「土を触るのと違って、手が汚れないのが嬉しいし、毛糸の手触りもとても好き。毛糸選びはすごく大事です」。仕事では、アトリエの近くにある「ちいさな藍美術館」から、藍染めの作業で出る「紺屋灰」を譲り受けて釉薬として使い、新たな器づくりを始めました。

「灰に含まれる鉄分の影響でうっすらと緑がかったり、点々が現れたり、器に味わいが生まれるんです。すっきりした磁器の質感がもともと好きなのですが、こうした土っぽい味わいも、落ち着きがあっていいものだなって思うようになりました」

次の個展は、紺屋灰のものをまとめて見てもらう機会にできたらと、芦田さん。美山での暮らしが、次につくりたいものにつながっています。

 

芦田尚美 | Naomi Ashida

2000年、京都市立芸術大学 美術研究科 工芸専攻陶磁器修了。同じ年、AMETSUCHIシリーズなど、日常使いの器を中心に制作を始める。現在、京都府南丹市美山町にて作陶。オンラインショップもあり、取扱店など、スケジュールはHPにて。

http://www.ametsuchi.info
https://www.instagram.com/ametsuchi703/

amirisu24号掲載