捨てないで、新たな息吹を与える
土屋文美
インタビュー: 宮下亜紀
撮影:中正美香 写真提供:D+E MARKET、土屋文美(ポートレート)
「Laboratorio quattro」の代表作は、ポジャギ。布をつないで、新たな美しさを作り出します。ポジャギとは、韓国で手仕事として始まった伝統工芸品で、ものを包んだり、覆ったりする風呂敷やフクサのようなもの。韓国では『福』を包む縁起物として親しまれ、暮らしの中で使われています。ハギレを捨てずに生かせたら。そんな思いから土屋文美さんは作品づくりをはじめました。
「ポジャギにはさまざまな技法がありますが、わたしはミシンとハンドステッチを用いて、ステンドグラスをイメージしながら作品づくりしています」
子どもの頃、おばあちゃんっ子だった、土屋さん。手仕事の楽しさに目覚めさせてくれたのも、祖母でした。
「両親が共働きで、小学校に上がる前、祖母がよく面倒を見てくれていたんです。祖母は洋裁と和裁どちらもできて、働きながら9人の子どもを育てた人。一緒に過ごす時は、ボタンを縫い付けたり、蚊帳を修繕したり、手を動かすことが“遊び”でした」
余ったボタンやハギレを捨てないで、工夫して生かし、楽しむ。そんな幼い頃の暮らしが、土屋さんの原点。子どもの頃から手仕事やエコに興味を持っていました。
「隣に住んでいた韓国人女性からは、さまざまなハギレを用いて、ひと針、ひと針丁寧に縫い合わせていく、チョガッポを教わりました。それが、今の作品のベースになっていると思います。
中高生の頃には、洋服を買うと付いている共布を、ひたすらちくちく縫ってつなげて長くして、ダンボール何箱もいっぱいにしていましたね。プレゼントのリボンに使ったりしていたのですが、ある時、友だちが髪に結んできてくれたことがあって、すごくうれしかったですね。自分がつくったものを、だれかが使ってくれるよろこびをはじめて知りました。
「Laboratorio quattro」として本格的に活動するようになって、子どもの頃の経験や祖母との暮らしが、いまにつながっているんだなと思います」
京都芸術短期大学(現・京都芸術大学)でファッションデザインを学んだ後、アパレルブランドやセレクトショップで働いてきた、土屋さん。服づくりをすれば、必ずハギレができる。仕事をする中で、あらためて気づいたことでした。
「ハギレが出続けるということは、ブランドやデザイナーにとって、共通するジレンマだと思います。アトリエに余った布がたまっていくのを見て、なにかできないかなと思ったのが、「Laboratorio quattro」のはじまり。ものづくりする人たちがまわりにたくさんいたので、ハギレや端材などを譲り受け、命を吹き込む。リサイクル精神から始まった作品作りは次の笑顔につなげる、"Connect with you"というコンセプトに辿り着きました」
そうして、ラグやバッグ、アクセサリーなど、さまざまなものをつくってきましたが、布の良さをもっとも伝えられたのが、ポジャギでした。小さなキズや色ムラがあって、商品としての役目を終えた布をポジャギにして展示会を開催し、ご縁が広がっていきました。
2023年初夏にあった「旅するポシャギ」展は、二会場で同時開催。京都の町家にある「D+E MARKET / FLUFFY AND TENDERLY KYOTO」では、アンティークとガーゼリネンのポシャギの調和をテーマにして。通りを挟んだ「A LITTLE PLACE」では、苧麻の絣の古布でつくったポジャギを展示しました。イラクサ科の植物、苧麻の繊維を糸にし、織り上げた古布。「A LITTLE PLACE」の宇佐見紀子さんは、骨董市で魅了され、100年前のフランスのワークウエアなどをベースにして、服に仕立てて扱います。
「作品をつくるために材料を購入することは、わたしの創作意図ではなかったので、アンティークの生地とはこれまであまりご縁がなく、宇佐見さんとの出会いはとても新鮮でした。100年という時間を経た、日本の手仕事の美しさに魅せられ、衝撃を受けました。宇佐見さんのおかげで、昔の手仕事の素晴らしさに気づかせてもらって、見方が変わりました。ストーリーのある古布を自分の手で使えるものにしたい。古き良きものを愛する人たちがうなるものをつくってみたい、そんなふうに思うようになりました」
2020年より京都を拠点とし、制作に専念するようになった土屋さん。さまざまな出会いが、新たなクリエーションにつながって「いまとても充実している」と言います。ポジャギを制作する中、美しさの指針として、いつも心においているのが、ステンドグラス。
「ヨーロッパを旅していた時、イタリアの教会でステンドグラスから光が差し込む美しい光景に出会いました。たくさんの色と光が、私の体を通り抜け、キラキラと光りながら床に反射し、教会中が素晴らしい明るさに包まれて、感動で体が動かなかったんです。気がつくと涙があふれていて、幸福感に満たされました。その時の光景を、ダイヤの切り込み刺繍を光に重ねて表現しています。ただ見ているだけで元気がもらえる、ほんの少しでも笑顔が届けば……そんな思いでいます」
土屋文美/Ayami Tsuchiya
「Laboratorio quattro」主宰。「次の笑顔につなげる」をコンセプトに活動。京都を拠点とし、京都「D+E MARKET / FLUFFY AND TENDERLY KYOTO」や「A LITTLE PLACE」「stardust」、東京・大阪「リネンバード」などで展覧会を開催してきた。作品はオンラインストア「days」にて取り扱っている。
Instagram: @laboratorio_quattro