デザイナーインタビュー
パム・アレン(元Quince & Co.オーナー)
初出: 2014年 amirisu 5号
Interviewed by Meri
今回は私たちが尊敬してやまない、有名デザイナーでQuince & Co. オーナーでもあるパム・アレンがゲスト。メイン州ポートランドのオフィスで6月にお会いしたところ、審美眼と経験を備えているだけでなく、とても優しく素敵な女性でした。彼女のこれまでの仕事を支えてきたエネルギーの源泉について、関心を寄せている繊維産業についてお聞きしました。今回はデザイナーインタビューをお休みして特集しています。
amirisu: アメリカではQuince & Co.やパムのことを皆が知っていて、パムとハナがやっているポッドキャストを聴いたことがある人も多いと思うのですが、日本などの国外ではまだまだQuinceについてそれほど知られていないので、まずは基本的な質問から始めさせてくださいね。
どんなきっかけでデザイナーになったのですか?
パム・アレン: 最初からニットウェア・デザイナーになろうと思っていた訳ではないの。編み物を始めてから数年経った頃、あるとき残り糸を寄せ集めてベストを作ろうと思い立ったの。ヨークにカラーワークがある用なタイプね。そのベストはもうとっくにどこかへやってしまったけれど、お気に入りでいつも着ていたことは覚えてる。スクエアネックで裾はガーター編み、ちょっとオーストリアっぽいデザインね。それから時々、自分で考えたものをぱっと編むようになりました。でも本格的にゼロからデザインし始めたのは娘が生まれてから。当時は機械編みでゆったりしたセーターも編んでいたので、つまり大きな四角い空白にデザインする余地が沢山あったの。1つの作品の中に様々な極細毛糸を引き揃え、いろいろな色を作り出したり。当時は今よりもオリジナリティを発揮するのが簡単だったわ。なんせRavelryもないし、そんなにパターンが沢山なかったから。今は山ほどある。80年代半ばはセーターといったらお店に置いてあるものか、あとは雑誌が1~2冊あるくらい。新しいものを作るのは簡単よね。
amirisu: 長年ニットのデザインをし続けてきた原動力はなんですか?どんなものに勇気づけられますか?
パム: 編み物が大好きで、デザインするのも大好きなの。いつも悩むのは、新しいシェイプを試してみたいけど上手くいくか分からないとき。アイデアがちゃんとカタチになるかどうか、自分で実際に編んで確認したいので、私のデザインには時間がかかります。
それから、今はミニマルなものに惹かれるの。長年凝ったインターシャや縄編みをしたけど、今はシンプルな編み地でおしゃれなシルエットを作るのが好きです。退屈なデザインとクリーンなデザインの境界線を見極めるのは大変だけど、それにやりがいを感じるわ。
amirisu: デザインを単純化しながらも自分の個性を出すって、本当に難しいことですよね。でも、その困難を乗り越えて生み出されるデザインに共感します。Quince & Co.をスタートさせる前、どんなキャリアを辿ったのか教えてもらえますか?
パム: 高校卒業後、私はブティックで1日中ドレスを縫う仕事をしていたの。縫い子に弟子入りしたようなものね。その後自分のお店を持って、普通のファブリックで少なくとも1000着くらいはドレスを縫ったのではないかという後、ニット生地を使い始めたの。あちこちいじらなくてもシンプルなフォルムが身体にフィットするのが楽しくて。ダーツやカーブを作らなくても、身体と洋服が合わさってシェイプが出来上がるでしょう。表面にアップリケを加えてみたり。そこから本当の編み物に向かうのは自然の流れでしょう?自分で生地を編みながらモチーフやディテールを埋め込めるのだから。
ブティックのキャリアのあと、ちょっと寄り道をしました。大学でフランス語を学び、言語学で修士号をとりました。卒業したら世界中を旅して、海外で英語を教える計画だったのよ。でも結局、みんなが英語しか話さないメイン州に落ち着くことになってしまったの。しばらくウェイトレスをした後、ボート雑誌の編集部のアシスタントになりました。結婚して、2人子供を産んで、そこで再び本格的に編み物を始めることになりました。編み物なら公園に持っていったり、子供が寝ている間に数段編んだりできるでしょ?
自分でデザインを始め、雑誌や糸メーカーにアイデアを提案したりするようになったのはその後。最終的に、Interweave Knitsという雑誌の編集長になり(当時の自分には夢の仕事だったわ)、そしてClassic Elite Yarns (糸メーカー)のクリエイティブ・ディレクターも務めました。
amirisu: 随分と紆余曲折があったようですが、これまでやってきたことはすべて現在の成功につながっているように見えますね。さて、Quince & Co。なぜ糸メーカーを始めようと決心したのですか?
パム: Quince & Co.は思いがけない偶然が重なって生まれたの。Classic Eliteで働いているあるとき、テキサスでモヘアゴートを飼育しているという男性から電話が掛かってきたの。彼からモヘアを買ってメイン州のビッドフォードの紡糸工場で糸にしないか、という提案だったわ。そのとき初めて、家の近所に毛糸を作れる場所があることに気づいたの。すぐにその紡糸工場のオーナーに電話をして親しくなり、何度か好き勝手な会話をしているうちに、一緒に糸を作ろうというはなしになったの。自宅の近所の歴史ある紡糸工場で毛糸が作れると想像するだけで、どんなにわくわくしたことでしょう!私たちの製品の大半はその工場で作られているの。今では他の工場とも契約しているけど。
我が国のテキスタイル業がほぼ完全に失われてしまったなんて、悲劇としか言いようがないわ。ある時代には、紡糸・紡績施設がニューイングランドの河川沿いに、文字通り何マイルも続いていたものなのよ。もう何も残ってないわ。何より感激なのは、糸を売ることよりも、Quinceはアメリカの製造メーカーと一緒に糸を作っているということよ。簡単ではないわ。安くもない。でもそれが私の原動力なの。
amirisu: 現代の世の中において、自国で原料調達から製造まで行うのはどんどん難しくなっていますよね。私もその問題意識を持っています。事業を始めたころ、どんな様子でしたか?苦労はありましたか?
パム: 私と仕事をしたいという紡糸工場があって本当にラッキーでした。最初から考えていたのは、ウール糸を作りたいということと、国産の羊の毛を使いたいということ。まずは4種類の糸から始めました。シングルプライを1種類作り、それを何本か縒り合わせることによって毛糸の太さを変えることは可能だけれど、それはやりたくなかったの。それぞれの糸にはっきりとした特徴を持たせたかった。Chickadee(柔らかい毛で作った弾力のある3plyで、太さはスポーツ)、Lark (Chickadeeよりも細い糸を縒り合わせた4ply)、Osprey(とっても柔らかい毛を緩く紡いだ3plyのアラン糸、糸も柔らかく肌触りがいい)、そしてPuffin (極太の1ply)。
もうひとつ、やってみたかったのは沢山の色展開をすること。37色から初めて、もうすぐ50色になります。
つまり、148種類の糸からスタートさせたということ。種類が多いので、在庫レベルを一定に保つのが大変でした。販売開始からすぐに糸が売り切れ、再生産をするのに時間がかかったの。これまで一度として、すべての色が棚に揃ったことはないと思うわ。紡糸には時間がかかるので、すぐに重要な事実に気づかされたわ。在庫がなくなってから次のオーダーをしては駄目ということ。
糸を売り始めてからほどなくして、マサチューセッツ州の小さな染色工場が閉鎖してしまったの。その他の選択肢は遠くて、高くて、最低ロット数も大分多かったの。とっても困ってしまって。結局私と3人の出資者で、閉鎖した染色工場の設備を買い取り、メイン州に運んできて、こちらで新しい染色ビジネスを始めることにしました。大きな決断だったわ。でもQuince & Co.のビジネスにとっては重要でした。
供給体制を作るチャレンジに加えて、コストは本当に難しい問題よ。事業を初めてすぐに羊毛の原価が高騰してしまって、毛糸の値段も上げざるを得なかった。幸い、グローバルマーケットの中で影響を受けたのはウチだけではなく、価格改定を行ったのも我が社だけではなかったの。でもその一方で、アメリカ国内で生産するのは本当に高くつくのよ。労働コストも高いし、環境対策費用もかかる。もちろん、環境対策は大事なことよ。でも、それによって輸入品に比べ、国産の商品の競争力が落ちるのよね。だから最初は価格を抑えるため、消費者へインターネットで直販販売することにしました。現在は厳選した毛糸ショップに限り、卸売りも行っています。何年かやって分かってきたことは、信頼できるショップに旗艦店になってもらって、幅広い品揃えでQuinceコーナーを作ってもらえば、毛糸の価格を適正に保つこともできるし(私にとってとても重要なことよ)、卸売りもできるということ。
私たちのリネン糸についても話さなければならないわ。ヨーロッパで作っている糸なの。夏糸は必要だし、アメリカではオーガニックリネンを生産していないのよ。それでオーガニックリネンをベルギーから買って、イタリアで紡ぐことにしたの。今年はこのオーガニックリネンを使った新しいリボンヤーン、Kestrelを発売しました。とっても気に入っているわ。今後もこのイタリアの工場と協力して、オーガニックの糸を開発していきたいと思う。良い商品(オーガニックの麻)のマーケットを維持することができれば、良い農業や慣習を奨励することにつながるでしょう。いつの日か、アメリカ産のオーガニックリネンを使った糸が作れるかもしれない。そうなると素敵ね。
amirisu: アメリカ国内の羊毛関連産業についてお話しされていましたが、もう少し最近の状況や今後の展望などについてお話しいただけますか?日本と比べると、アメリカでは国産の羊毛に対する需要はだいぶ高いように見えるのですが。
パム: 羊毛生産に特化して羊を育てているオーストラリアやニュージーランドと比較して、アメリカの牧羊は食肉用とフリース用とのハイブリッドなの。オーストラリアではメリノ羊を羊毛用に育てているけど、こちらの農家は、私の理解が正しければ、ラムブイエ、コロンビア、ターギーなどを育てていて、「テリトリーウール」と呼ばれています。ブローカーが農家から一括して買い取ってから繊維の細さ、白さ、縮れや長さによってグレーディングします。ただし羊毛用に育てても、食肉用にしか売れないこともしばしは。乾燥している季節、羊たちが瀕死の状態になると、屠殺に送られたりもするのよ。そうでもしないと結局羊が死んでしまうことになるから。いつの日か、我が国で繊維産業が見直され、羊毛用の牧羊が復活する日が来るといいなと思うわ。
とはいえ、小規模では羊毛用の牧羊を行っている農家もいるのよ。でも量が少なすぎて毛糸の生産には向いていないし、価格も高すぎるの。素敵な毛糸を作ることはできるけど、それは工業製品ではなくて一点ものの手作り品となる運命ね。だから値段もそれなりになる。私の目標はつねにアメリカ産のきれいな毛糸を、輸入品と競争できるような価格で生産すること。私たちの毛糸のような工業製品も、手作りの毛糸も、両方共存できると思うの。
別な質問です。これをどうしても尋ねたかったのです。Quinceのブランド表現について。どんなこだわりや狙いがあるのか、どうやって統一感を保っているのか。
私たちはアメリカ産の毛糸を開発し、生産し、販売しています。でも一番強力なマーケティングツールはやっぱりパターン。最良の方法は皆が編みたくなるような素敵な写真で表現すること。大企業で働いていたときは、メークアップアーティストやスタイリストなどを雇っていたけれど、成果物に満足できたことは一度もなかったわ。もっと真実味のあるもの、それでいてちょっとストーリーや演劇性を感じられるもの、でもわざとらしくないものを求めていたの。Classic Eliteで同僚だったキャリー・ホッジがQuince & Co.設立当初から加わってくれて、写真とグラフィックを担当してくれました。私たちは考え方やデザインの好みが似ていたので、2人ともが納得できるイメージを作り上げるのは本当に楽しかった(大仕事だったけれど)。キャリーは自分のブランドを立ち上げるのと、もう1人子供を産みたい(!)ということで独立したのだけれど、これからもフリーランスでQuinceの仕事を手伝ってくれることになっています。
amirisu: ボッドキャストをやったり、新しい糸を開発したり...本当に沢山のことに挑戦しているようにお見受けします。この編み物業界について、どのような見方をされていますか?そして、Quinceの方向性は?
パム: 編み物は依然として人気があるし、これからもマーケットは拡大していくと考えているわ。Ravelryやその他のウェブサイトによって、他の編み手の人々から沢山刺激を受けることができるようになったし、コミュニティも生まれてきた。何を編むか悩んだときに、雑誌や本に頼るしかなかった時代は終わったの。そして面白いことに、雑誌や本もまた進化して発展している。編み物に関する情報やアイデアへのニーズは依然として高いようね。多くの人々が素敵なものを作っては、互いに刺激し、学び合うのを見るのは素晴らしいことだわ。
Quince & Co.に関していうと、私のゴールは最初から全く変わっていないの。アメリカ産の美しい毛糸を生産し、手頃な価格で販売することで、この国に現存するウール関連産業を活かし、発展させること。それと同時平行で、より多くの人が編み物をする、編み物を学ぶきっかけを作っていきたい。私たちのお客様はハードコアな編み手だけではなく、編み物を始めた最初は楽しかったけれど、パターンが難しすぎてついていけなくなった、そんな女性(と男性)なのよ。だから、デザインもできるだけシンプルに保っていきたいし(それに、魅力的なセーターにそんなに色々と飾りが付いている必要はないと思うわ)、パターンの説明もできるだけ懇切丁寧に、そして初心者でも分かりやすくしていきたいと思っています。
アメリカの毛糸産業に関していえば、ちょっと楽観的すぎるかもしれないけど、国産に対する需要が少し高まっているように見える。私たちが取引をする紡糸工場はどこも以前より問い合わせが増えたと言っているのよ。自分で糸を作ってみたいという。これは素晴らしいことだわ。アメリカが今後繊維産業の中心地に返り咲くことはないでしょうね。でも、活力のある中規模の産業が維持されて、私たちのような毛糸メーカーが生産したり、また—この声が届くといいのだけれど—ラルフ・ローレンやアイリーン・フィッシャーのような高級衣料品メーカーが購入するようになるといいと思う。こういった大企業数社が、コレクションのうちの1点でも国内で生産することに決めたとしたら、たった1点でいいのよ、アメリカの繊維産業が安定するのに大きく貢献するの。アメリカの繊維業界が1つの分野でも他が真似できない専門性を確立することができたら(日本がシルクやリネンの紡糸に関して、抜きん出た技術を確立したように)、素敵ね。
amirisu: 日本の繊維産業でも同じことが言えるのです。国内で調達・生産することは困難です。でも、繊維に関しても地産地消のトレンドはあると感じています。
そして、Quinceの今後の展望は?
パム: これからも新しい毛糸を作りたいわ。最近発表したモヘア・ウールの極細糸は、テキサスのみから素材を調達しているの。本当に美しくて、とっても気に入っています。美しいだけではなくて、私たちにとって最初の「動物と産地が特定された」毛糸でもあるの。信じがたいでしょうけど、テキサスはかつて世界のモヘヤ生産の中心地だったのよ。当時3500万ポンドあった輸出量が、今ではたったの100万ポンドに満たない程度。でもクオリティは世界最高水準よ。この素材をもっと活用していきたいの。たとえば、同じ素材でDK(合太~並太)の毛糸を作ってみたい。
amirisu: それは待ち遠しいですね!
編み物に話を戻すと、新米デザイナーの皆さんに何かアドバイスはありますか?経験豊富なデザイナーとして、もしくは、毛糸メーカーのオーナーとして。
パム: まず1つ目は、新しいことへのチャレンジを恐れないこと。形(シェイプ)、色、模様の組み合わせ、または逆に単純化すること。現代のように沢山の素敵なデザインに囲まれていると、自分の試してみたいアイデアがトレンドに合わないんじゃないか、不安になったりします。私が知っているベストの方法は、スウォチ(試し編み)を編むことによって、出来上がりセーターのイメージを一旦頭から追い出し、編む行為、編み地によって何が実現できるか、に集中することができる。毛糸と編み針によって、想像力を解き放つのよ。
amirisu: 新しいことへのチャレンジを恐れないこと。このアドバイスを、私自身実践できたらいいなと思います。パム、ワクワクするお話を本当にありがとうございます!
最後に、Quince & Co.の毛糸を使ってデザインされた4作品を本号(amirisu 5号)に掲載しています。新しい糸を試してみるのにピッタリですよ。