デザイナーインタビュー
ノラ・ゴーン
初出: 2015年 amirisu 7号
Interviewed by Meri
Photo courtesy of Woolspire.
本号のゲストはニットウェア・デザイナーのノラ・ゴーンさん。2014年にBerrocoのデザイン・ディレクターのポジションを退き、自宅に併設されたスタジオでフリーランス活動をスタート。Brooklyn Tweedのデザイン・チームに参加したことが発表されたのはつい最近。皆を驚かせ、新しいチャレンジに積極的な姿勢がさらなる共感をよびました。現役デザイナーでは最も尊敬されていると言っても過言ではない、ノラ・ゴーンさんのインタビューをお届けします。
amirisu: ワークショップやデザインのお仕事でお忙しいなか、インタビューに応じてくださってありがとうございます。画期的な編みもの本としていまだに話題にのぼるKnitting Natureが出版されて以来、お仕事ぶりをフォローしてきました。まずはデザイナーになったきっかけの部分からお聞きしようと思います。アーティスト一家に生まれ、自宅は様々な材料や道具であふれる環境に育ったということですが、そのなかでもなぜ編みものに夢中になったのですか?
ノラ・ゴーン: 編みものの持ち運びやすさにまず夢中になりました。屋内でも外でも、お気に入りの椅子に腰掛けても、歩きながらでも編める。それから、間違ったり気が変わったらいつでも解けるという点にも惹かれました(いまでもそう思います)。編みものを習った時点ですでにソーイング(手縫もミシンがけも)が得意だったのですが、布地を切ったりミシンを使ったりするのにちょっと緊張していたのです。なぜか、急いで終わらせなきゃ、と。その点、編みものはリラックスしてできました。それにテレビや映画を観るのが好きなので、そのあいだにも何かが作れるということが嬉しくて。もちろん、実際に身につけられるものを作れるという実用性もいいですよね。(基本的に洋服が好きなのです。)
amirisu: 本の中で、ブラウン大学を卒業してしばらくのあいだ、ニットウェアデザイナーという仕事が真面目な仕事ではないような気がしていたと書いていますよね。デザイナーなったきっかけは何ですか?また、気持ちの整理がついた理由を教えてもらえますか?
ノラ・ゴーン: 両親ともにフリーランスのイラストレーターだったので、フリーランスでやっていくことが可能だということは分かっていました。女性に対する雇用機会の均等化にむけて大きな変化が生まれている時代。私は学校では理数系が特に得意でした。女の子でも何だってできると言われ、特にこれまで男性の仕事だと目されていた仕事への門戸が開かれ始めたさなかだったので、伝統的に「女性の仕事」とされていた職業の価値を自分に納得させるのには時間がかかりました。
その葛藤は今でも、この業界で働く世界中の女性のあいだに存在するのではないかと思います。自分に期待されている役割を演じるよりも、情熱を持てるなにかを仕事にする方が幸せなのだと、自分を奮い立たせる強さが必要です。
amirisu: この10年以内に編みものを始めた若い世代にとって、ノラ・ゴーンといえばKnitting Natureを真っ先に思い浮かべるのではないでしょうか。自然の造形からヒントを得たデザインというのがご自身のスタイルだと思われますか?それとも、色々な引き出しの1つに過ぎないのでしょうか。
ノラ: Knitting Natureを著したことは私にとってもターニングポイントでした。知的なテーマを設定し、大きなプロジェクトに取り組むのはとても楽しいものでした。それ以前は自然にインスピレーションを求めることはあまりなく、模様のデザインに1、2度試したくらい。洋服の構造を生み出す手がかりにしたことはありませんでした。一度多角形、スパイラル、フラクタルなどをもとにデザインを組み立てる研究をしはじめたら、それが私の手法のひとつ、あなたが言うところの「引き出し」になりました。
amirisu: いま現在はどんなデザイン手法に興味がありますか?
ノラ: いま凝っているのは幾何学模様です。このところ、大きな幾何学模様を中心にすえた衣類をデザインする手法を教えています。発想の手がかりにとPinterestに大量の素材を集めてみたら、このアイデアにとても夢中になってしまいました。一旦やりはじめると、次々にアイデアが浮かんできます。
amirisu: ノラさんのデザインのプロセスを教えてもらえますか?モチーフからスタートすることが多いのですか?それとも、全体のスケッチから?
ノラ: 編み地の模様をデザインするのが大好きです。ケーブル、テクスチャ、木彫り模様などに至るまで。キャリアの初期には、この模様をデザインすることからはじめ、衣類のカタチはどちらかというと二の次でした。Berrocoで働くようになり、最初の数年マージョリー・ウィンターと一緒に仕事をするなかで、初めから最終形をイメージすることを学びました。衣類のタイプや、完成品の雰囲気、手触りなどを決めてからスウォッチを編むやりかたです。現在ではほぼいつもスケッチをしてみて、スウォッチを編み(そしてまたスケッチをし直し)、スキーム図をいくつか描いてみてからパターンを書き始めるという工程ですね。
amirisu: で9年間デザイン・ディレクターを務められました。そこでの役割や、学びなどについてお話しいただけますか?
ノラ: チームで仕事をすること、デザイン・チームを率いること、短い時間で多くを成し遂げることなどを学びました。予想しなかった変更を受け入れ、慌てずに対処することもでしょうか。
バランス感覚が特に大事だと感じました。毛糸メーカーのビジネスは毛糸を売ることです。だからといって芸術的なデザインを取り入れられないというわけではありません。実際、Berrocoは良いデザインを生み出すことに、そしてデザインに注力しているという認知を高めることに、大きな労力を割いています。チームで働くには、お客様には様々なレベルの編み手がいること、そして各毛糸の特徴を最大限活かした、幅広いスタイルのデザインを提供することが重要です。自分の名前を冠したシリーズに関しては、白紙に近い自由度が与えられました。パターンはもちろん毛糸を売るためにあるわけですが、しかしながらノラ・ゴーン・シリーズ(1巻から16巻まで)ではシーズンごとに全く異なる方向性を追求でき、とても楽しみました。あるシーズンは結晶をモチーフにしてみたり、別なシーズンはすべてキノコから着想を得てみたり。
amirisu: Ravelryにはご自身のデザインを列挙したページが16ページもあるわけですが、その大量のデザインのなかで特にお気に入りはありますか?どんなデザインにモチベーションを感じますか?
ノラ: デザインをする際、新しいチャレンジがあるとき、まだ上手くできなくて多少の恐怖感を感じるようなとき、やる気が湧いてきます。巧妙な手を思いつくと嬉しくなります。シンプルすぎるものをデザインするのが逆に大変なのは、自分のアイデアをひけらかすことができないから!もちろん、シンプルなパターンを編むのは大好きなので、そんなデザインができる人を尊敬します。多分、正直なところ、自分のデザイン力よりも知力のほうに自信があるのだと思います。
amirisu: ニットのデザイナーだったらその両方が必要なのだと思います。パターンを書くのにどちらも重要ですよね。もちろんノラさんはその両方を持ち合わせているわけですが。
さて、Brooklyn Tweedのデザイン・チーム!どんな経緯で参加することになったのですか?
ノラ: ジャレド・フラッドに普通に聞かれたのですよ。Brooklyn Tweedのチームへの参加に興味がないか、と。どの程度の時間を割くかは応相談ということで、色々とオプションを話し合った結果、参加することに決めました。そんな依頼を受けて、そしてチームに参加できて光栄です。皆才能があって、楽しい人たちですから。全員を尊敬しています。集まって仕事をする時間は、素晴らしく魔法のよう。私のデザインもグループのダイナミズムや好みに影響を受けています。大きなエネルギーをもらっています。
amirisu: Berrocoには様々な種類の糸があって、いわば画家が様々な画材を選べるような状況だったと思うのですが、BTは太さの違う、同じ構造の糸が2つです。それに制約を感じることはありますか?逆に、どのような可能性を感じますか?(個人的にはBTの糸は大好きで、何にでも使いたいくらいです。)
ノラ: ウールが大好きで、Brooklyn Tweedの糸も大好きです。ただし、BTでのデザインは今の私の仕事の一部でしかありません。別な本の仕事もしているし、好きな糸メーカーとコラボレーションする自由も与えられています。これまでにないほどの選択肢があります。とはいえ、制約があるのは良いことです。与えられた制約のなかでデザインすることに意欲を感じます。何をしても良いということになったら、逆に呆然としてしまうに違いありません。
amirisu: ほとんどのデザイナーより長くこの業界にいるわけですが、アメリカの編みものカルチャーやビジネスにおける変化は感じますか?
ノラ: かつては、珍しい少量生産の商品を、それを欲しがる顧客に届ける方法があればいいなと考えていました。その点では、市場は大きく変わりましたね。amirisuもその恩恵を受けているのだと思います。
amirisu: さて、最後の質問です。趣味というか、自由時間はどんなことをして過ごしますか?それはまた仕事に影響を与えていますか?
ノラ: 自由時間ですか?編んでいることが多いです。自由時間がほとんどないとしたら、それは自分の責任。編み針を置くことができる時は、夫と屋外で過ごすことが多いと思います。2人とも地元の良い食材にとても凝っているんです。地元の酪農家から牛肉を買うことも多く、夫は素晴らしい園芸家でもあります。新しい食材を買って料理をすることに、週末の多くの時間を費やしています。地場の野菜やお肉について考えているうちに、地元で作られた毛糸への関心も増してきました。1種類の羊の毛(*ブレンドしていない)で作った糸で編むことに魅力を感じますし、旅行をするときなどには特に探すようにしています。
amirisu: 日本でも地場の食材への意識が高まり、手に入りやすくなっています。それに伴い、地場食材が手に入りやすい大都市圏以外で生活する魅力も高まってきていて、とても素晴らしいことだと思います。
今回は貴重なお時間をありがとうございました。これからも色々な場所でノラさんのデザインを見るのを楽しみにしています。amirisuでもいつか!
Photo 2: Dabotap from Berroco #348, Berroco Cosma.
Photo 3: Manila from Berroco: Norah Gaughan Vol 15
Photo 4: Gavarnie from Berroco: Norah Gaughan Vol 16
Photo 5: Chainlink from BT Winter 15
All photos courtesy of Woolspire, Berroco Yarn and Brooklyn Tweed.