Creating Textures
鳥居節子さんインタビュー&最近刊行された模様編み集の紹介
突き詰めれば全ての電算機が0と1の組み合わせでできているように、編み物も表編みと裏編みでできています。いえ、ねじり編みや交差、すべり目がある分、そして材料の多様性がある分、電算機よりはるかに複雑な世界が広がっています。Ravelryを使い始めて10年、世界中の様々なデザインを目にする機会に恵まれ、そろそろアイデアも尽きてくるだろうと思いきや、大勢のデザイナーさんの機知と編み地の可能性に感嘆するばかりです。
今回の特集では新しい編み地、テクスチャの探求を紹介しようと試みています。インタビューでは、糸を作り、編み地をデザインし続けてきた達人を紹介します。そして後半は別のアプローチの編み地のデザイン。最近刊行されたユニークな模様編み集と、その裏にある著者の思考プロセスや方法論。
今まで持っていた模様編み集に加え、今回この記事のためにさらに買い集め、読み漁りました。かつてあったリサーチ型、寄せ集め型の模様編み集と比較して、最近の特徴はセオリーが先立っているということ。つまり、方法論を先に作り、それに従って著者が新しい編み地を作り上げているのです。そのルールに従えば、読者も新しい模様を作り出すことが可能になります。かつてないほど編み物が自由な時代になったのだと感じます。
本号に掲載する作品、ぜひ糸を替えて編み地を替えて、自分のオリジナルにチャレンジしてください。
インタビュー:ニットウェアデザイナー、鳥居節子
鳥居節子さんといえば、AVRILを立ち上げた方としてご存知の方もいるかもしれませんし、Habu Textilesから出ている英語版の本を目にしたことがある方もいるでしょう。AVRILから独立し、ご自分のブランドのアトリエ兼お店をスタート。とてもオシャレなお店では機械編みのニットを主に扱い、「糸のくら」という糸屋さんも加わりました。温和でにこやかな、とても魅力的な人柄の鳥居さんが生みだす、着やすくカッコいいニット。どんな風に物作りをしてこられたのかを知りたくて、お話を伺いました。
amirisu: 以前からご近所ですが、ちゃんとお話を伺うのは初めて!まず、はじまりをお訊きしたいと思います。大学などでニットを専攻されたのですか?
鳥居さん: いえ、大学は染織を専攻したんです。卒業してからは、着物や帯を染める工房に勤めていました。実は私の祖父は京都で友禅染の型を彫る仕事をしていて、父親は図案を描いていたんですね。
amirisu: それは、京都ならではですね!
鳥居さん: そうですね、京都はそういう仕事をしている人が結構いますものね。それでなんとなく、自分もそういう世界に行くのかなと、何気なく同じ業界に就職していたんですが、やっぱり着物は合わなくて。趣味にしていた編み物で身を立てられないかと思い始めたんです。色々編んでは、今でいうセレクトショップに持っていくようになりました。そうしたら案外売れて。次第に一宮で糸を仕入れたりするようになりました。
ところが、やっているうちに段々と自分の実力のなさがわかり始め、編み物の専門学校に行くことにしました。もう今はない学校なんですけどね。1年目は手編みも機械も両方とも、課題をこなしながら一通り学び、2年目は機械か手編みを選択というカリキュラムで、私は手編みを選択しました。
卒業後はアパレルの仕事をしたいと思って東京に行ったりしたんですけど、勉強していたことが企業向けのデザインじゃなかったので難しかった。自分でやっていくしかないと発起して、京都で毛糸屋さんの片隅を借り、自分のブランドを立ち上げました。
当時はまた教室をやっていました。それがなかなか厳しい教室で。生徒さんの要望を聞いてデザインを考えて、糸を選び編み地を考え、製図をするところまで全部私がしていたんです。
amirisu: 厳しい教室って、生徒に厳しいのかと思ったら、先生に一番厳しいっていう(笑)。
鳥居さん: そうなんです、私が大変だったんです。10年くらいやっていたんですが、随分鍛えられました。生徒さんたちがただ楽しく会話に花を咲かせている間、それを小耳に挟みつつ製図描いて。「この編み地はイマイチだ」とか、時々ダメ出しされたりして(笑)。今思えば随分過酷でした。朝の9時からスタート、3時間の教室が4時間、5時間になり、午後のクラスがまた1時からスタート。4時で終わらずに5時、6時になり…。当時はまだ子供も小さかったので、保育園に迎えに行くと子供が1人でポツンと残っている、みたいな(笑)。
お陰で、即興で糸の組み合わせを考えたり、デザインを考えたりできるようになりました。生徒さんたちに感謝しなきゃ。
amirisu: AVRILを始められたのはその後ですか?
鳥居さん: そう、40代に入った頃ですかね。
編み物学校に男性なんて少なかったですが、たまたま同時期に2人いました。一緒に始めた福井は後輩で、学校を卒業したあと野呂英作に行き、次に糸の専門商社で働いていました。当時、その商社のスワッチを編む仕事を請け負うなど、付き合いが続いていたのですが、「独立するんだったら前から一緒にやりたいと思っていた」、と声をかけられて。全然企業というものを知らなかったので … 知らなかったからできたのかもしれない。
amirisu: どんな役割分担だったんですか?
鳥居さん: 一宮にも詳しかったし、糸にも詳しかったので、糸は福井が手配していました。紡績の知り合いが沢山いたので、欲しい糸を作ってもらってきて、それに色を乗せるときに一緒に相談して。
スタートは、糸屋をしようという気は無くて、ニットのアパレルを目指していたんです。
amirisu: AVRILがですか?それは知らなかった!
鳥居さん: 教室はまだやっていたので、生徒さんがお店に来るようになり、あるとき「糸売らはったらよろしいやん」と言われたんです。「こんなに糸並べておくだけじゃなくて、値段つけて売るんや!」って言い出して。それで2年後、北山でショップを始めました。片側は製品を、片側は糸を売るお店になりました。それが始まりです。
amirisu: では、最初からニット製品を作ってらしたのですね。最初から機械編みですか?
鳥居さん: 最初は手編みと半々くらいだったでしょうか。手編みは国内で作っていたので、高くついて売るのが難しかった。中国で作ったらどうかと紹介してもらったこともあるのですが、思うように作ってもらえないし、駐在するわけにはいかないし、それでだんだんと家庭編み機が増えていきました。今でも同じようなやり方をしているのですが、手書きで製図を描いて、指示書をつけて、まずはサンプルを作ってもらいます。サンプルが上がってきたらチェックをして、という流れになりますが、指示書しか書かない普通のアパレルとは違い、製図もあるので大きな変更が出ることはあまりありません。
amirisu: デザインをずっと続けていらっしゃいますが、毎回どんなふうにデザインするのですか?
鳥居さん: 毎年展示会をするとき、今年のコンセプトはなんですか?と聞かれるんですけど、それが一番辛い(笑)。そのときに面白いと思っているものがメインになるので、コンセプトは後付けですね。毎年、糸の展示会を見に行き、そこで「あ、この糸は面白いな、どんな風に使ったらいいかな」と構想を膨らませます。糸があって初めて考えられます。編んでみて、編み地を見ながらどうしようかなと考えますね。この糸だったら張りがあるからフレアにしたほうがいいのかな、とか。それでスケッチをしてみて、製図に起こします。糸がないと始まりません。
amirisu: ニッターさんは外注ですか?
鳥居さん: AVRILの時から九州の方にお願いしています。どこも高齢化で、去年1軒が廃業になり他のところを紹介してもらいましたが、最初中々苦労しました。やっぱり同じようにはならないんですね。
amirisu: 意思疎通の問題ですか?技術の問題ですか?
鳥居さん: 意思疎通もあるんですが、例えばちょっとしたことでも編み地って変わるんですよ。私のデザインは糸をひき揃えたものが多いのですが、糸を置く位置が前後するだけで編み地の感じが変わるんですね。機械なのに、人間に「糸の置き場所が違う」って言われているような気がします。そこで廃業した人が指導しに行ってくれたりしました。自動機ではそんなことはないですよね。家庭編み機って、本当に手編みに近い感じがあります。機械でしかできないこともできるのに。
amirisu: 次は糸の話をお聞きしたいと思います。お話を伺っていて、一番お好きなのは糸なのかなという印象を受けました。ご自分で糸作りに関わったり選んだりされると思いますが、どんな糸がお好きですか?
鳥居さん: シンプルな糸ですね。撚糸専門の方々がよく「糸美人」という言いかたをします。出来上がってくると光り輝いているような、私綺麗でしょ!って語りかけてくるような糸があるんですよ。でも私は、「あんたは一人で頑張っていたらいいよ」と感じてしまいます。逆にあまり目立たず普通な感じなのに、ちょっと違うという糸に惹かれます。編むと綺麗な張りが出たりとか、他の糸とひき揃えたときに、お互いの良さを引き出しえる、そんな糸が好きですね。
amirisu: ひき揃えることによって、糸をデザインしているようなところがあるんですかね。
鳥居さん: AVRIL時代は福井のほうが糸の担当をしていたため技術的なことは苦手ですが、気に入った糸があったら「じゃあこんな染めかたをしてみようか」というように、色や染めを考えたりはしていました。使い方を考えるところを主にやっていた感じですね。大変残念なことに福井が4年前に亡くなり、今は糸を自分で見つけにいかないといけなくなって、年に1回は展示会に行っています。糸といえば以前はイタリアでしたけど、今では東京に行けば殆ど見られるし、外国に行くことはもうないですね。今着ているニットは、ある地方のメーカーさんに、元々あった糸の撚りと染めを変えてもらったものです。
amirisu: ウールですか?柔らかいけど張りがあって、面白い糸ですね。素敵だなと思っていました。
鳥居さん: そうなんです、さらっとしていて。でも最近では紡績が減っていて、そいういうことをやってくれる会社が本当に少なくなりました。
amirisu: 手編みと機械編み、どちらがお好きですか?
鳥居さん: 機械はやっぱり早いし、私はなんと言っても機械のメリヤス編みが好きなんですよね。手編みはふくらみが出ますよね。編む人によっても編み地が変わってくる。どちらの良さもありますが、手編みではどうしても高くなってしまう。ただ、いま手編みのオーダーメイドをやってほしいという要望をもらっているので、来年あたりからチャレンジしていきたいなとは思っています。
amirisu: 鳥居さんの本を拝見したら、編み地をまず作りましょう、自分で糸を変えてみましょう、そんな指南をしている本。今まで見たことのないような編み物の本で面白いなと思いました。
鳥居さん: 確かに、普通は本に掲載されている作品を指定糸そのままで編むことしか想定されていないですよね。
amirisu: 編み地をデザインするって、どんなことを考えてやるのですか?
鳥居さん: もうとりあえず編んでみましょう、この糸をこれに混ぜたら合うかな、と試してみるところから始めるだけですね。去年、様々な生成りの糸だけで編み地を作るというワークショップをやりました。そしたら案外みなさん面白いものを作られたんですよ。その時のルールは、太い糸は細い針で、細い糸は太い針で編むというものです。楽しい編み地ができあがりました。この糸にはこの号数の針ですよ、と書いてある、その標準的な決まりごとみたいなものがすごく嫌で。その考え方をやめて、とりあえず編んでみると1本の糸が面白い平面を作ってくれ、その平面がマフラーになったり服になったり。そのプロセスを楽しんでもらえたら、と思います。今不定期で開催している、「まっすぐクラブ」という機械編みのワークショップも同じような考えかた。今回も、今お店に飾ってあるマフラーを写真に撮って告知をしたら、皆が「あれが編みたい」と言って参加したんです。でも結局、全員が全く違うものを編み上げました(笑)。ホッとしました。皆が同じものを編んでしまったら、全然楽しくないですよね。
amirisu: 先ほど手編みのオーダーメイドの話が出ましたが、これから取り組んでいきたいことは他にありますか?
鳥居さん: これ以上はお店を広げないでくれって税理士さんに言われてはいるんですが(笑)。それでもう海外に行くしかないっということで、去年はバンクーバーにワークショップをしにいきました。今英語を話せるスタッフがお休みしているので、行けていませんが、またやりたいですね。日本の製図のやり方も教えたいし。今のところ、種を蒔いたくらいのことしか出来ていなくて。
amirisu: それは、何かご一緒できることがあれば嬉しいです!楽しくてあっという間に時間が過ぎてしまいました。お忙しいところありがとうございました!
最近刊行された模様編み集の紹介
ケーブル編み原典 – ケーブル編みとケーブル模様デザインの革新的ガイド(仮題) by ノラ・ゴーン
本誌7号 (2015年夏号)でもインタビューを紹介したノラ・ゴーン。過去40年間にわたりニットのデザインをする中で、編み溜めてきたケーブル模様を整理し直してまとめたもの、と聞いていたのですが、実際に手に取りじっくり読んでみると、その思考プロセスにすっかり感心し、大変勇気をもらいました。それは、彼女がどのようにケーブル模様をデザインしているかの方法論の大公開だったのです。
まず、基本のケーブル模様を提示、そこからどのようにバリエーションを付けていくかを例示していきます。さらに、基本のモチーフを繋げて展開し、より複雑な模様を作る方法と続きます。ケーブルをColumn (柱)とTraveling Lines (移動する線)に大別しているのですが、この2つを組み合わせ、セーターの身頃パネル全体を覆うような大きな模様を作る方法論も紹介。ケーブルという課題を整理し、分解し、その組み合わせ方を研究するという、とても数学的アプローチが取られた本だと言えるでしょう。
もちろんノラが考えた150以上のオリジナルモチーフ、合計15点ものパターンがあり、普通の模様編み辞典だったとしても非常に充実した内容です。また、Stockinette Stitch Equivalent (その模様の大きさはメリヤス編みで何目に相当するのか)という考えかたも特徴的。掲載されている全ての模様にSSEが表記されているので、それを参考に掲載パターンを自分なりにアレンジしてみるのも、面白い使いかたですね。
アルタニット模様集(仮題) by アンドレア・ランゲル
中を見て驚いたのは、今まで見たこともないモチーフばかり並んでいること。それもそのはず、アーティストであるアンドレアの夫がデザインを考え、人気ニットウェアデザイナーのアンドレアが編みながら修正を加えたというもの。すべてがオリジナルなのです。エイリアン、渦巻きや波形のバリエーションなど、ユニークな模様が2色の毛糸で表現されています。試してみたい模様が沢山あると同時に、方眼紙を取り出して自分で新しいモチーフを作ってみたい気持ちに駆られます。ノラのようなアプローチではありませんが、模様の作りかたの方法論としては非常に面白いと思いました。
フェアアイル技法の基本である、糸の持ちかたのバリエーションや糸の渡しかたなど、技法の図解も付いています。個人的には、カラードミナンス(背景色と模様色)の図解が非常に参考になりました。
レリーフ編み – マルティナさんが生み出すOpal毛糸の新しい楽しみ方 by 梅村マルティナ
これまでシンプルな靴下を編む以外には難しかった、段染めの毛糸。そのカラフルに繰り返す色の循環を逆手に取り、色が変わるところで立体的なレリーフを編んで、非常に可愛い編み地を生み出すという方法論がとても面白く、そして新しい。レリーフの編みかたは32通り、そして編み地を生かした小物が多数紹介されています。レリーフ編みの本は以前にもありましたが、この本はもっと自由で有機的、編み手の自由な発想により無限の可能性を秘めていると思いました。例えばLumen (本号)のようなパターンを、1色を段染めの毛糸を使い、モチーフを足していったらどんな風になるだろう?想像が膨らみました。
新しいブリオッシュ編み: 2色の立体的編み地(仮題) by ナンシー・マーチャント
ブリオッシュ編みだけの模様編み集というのは史上初めてだと思うのですが、今後もこれ以上のものは出ないのではないか、大げさではなくそう思わせる1冊です。ブリオッシュ編みとは、2色の糸でゴム編みを編みつつ、表編みと裏編みで使う色を分けるという、考え方としてはそれほど複雑ではない編みかたで、出来上がりは立体的な線画のような編み地になります。ですが、ブリオッシュ編みでこんなに複雑なことができるのか!と開眼させてくれるのが本書。この本を起点に、世界中のデザイナーさんによって新しいデザインが沢山生まれてきそうです。
目を落とした時の直しかたが図解されていますが、もう複雑すぎて目が回りそう。一度試してみたいです。
上へ、下へ、輪編みで編む模様編み(仮題) by ウェンディ・バーナード
同じ模様を往復のボトムアップ、トップダウン、そして輪編みで表現した画期的な模様編み集。2014年に刊行され既に続編も出ています。ただ編み物を楽しみたい方にはそれほど有用ではないかもしれませんが、デザインをしパターンを書く際にかなり重宝する1冊です。
棒針の模様編み集260 by 志田ひとみ
最近出た英語版が話題になっている、ご存知志田ひとみさんの模様編み集。既に海外のデザイナーさんたちに大きな影響を与えています。全てオリジナルという点で他と共通ですが、方法論ではなく芸術性の高さから生み出される複雑な模様に驚嘆。
風工房のお気に入り 色遊び277「Colors」 by 風工房
日本を代表するニットウェアデザイナー、風工房さんの模様編み集。伝統的なフェアアイルのみではなく、チェック、ストライプ、アーガイルなど、多色編みの1冊となっています。フェアアイルの模様編み集は沢山持っていますが、個人的に一番好きなのがこちらです。