10月 29, 2020

布の向こう側に見つける喜び
YURI HIMUROのテキスタイル

布の向こう側に見つける喜び<br>YURI HIMUROのテキスタイル

 

初出:2020年秋 amirisu 21号
インタビュー:河野晴子

FLOWERS. Photo by Masahiro Muramatsu

 

深緑の里山をイメージしたグリーンのテキスタイルに描かれているのは、雄鹿と雌鹿。物語の挿絵のような絵柄のこのクッションカバーは、テキスタイルデザイナーの氷室友里さんによる作品だ。シックな色合いでインテリアに馴染み、使い勝手がよさそう。

 

と、ここで突如ハサミが必要となる。そのまま使えるクッションカバーなのに、なぜ?

ハサミを手に、私はこの美しい絵柄を織り成す無数の糸を大胆にも切っていかなくてはならない。それがこのSNIP SNAPというテキスタイルシリーズの約束事だから。

わずかに浮いた緯糸の間にハサミをすっと差し込み、まずは鹿の足元あたりを切ってみる。すると、鮮やかな水色が顔を覗かせる。小川だ。切り取った糸を払うと、今度は小さな赤い魚が現れる。

チョキチョキからジョキジョキへ。ためらいが消え、布の奥に潜む新たな表情を求め、どんどんと糸を断っていく。鹿の背景部分はフリンジのように糸端を残してみよう。とたんに木々がわさわさと揺れる様子が生まれ、森に命が吹き込まれる。一つの絵柄が一編の物語へと膨らむ、そんな瞬間だ。

SNIP SNAP series SATOYAMA. Photo by Masahiro Muramatsu

 

この布のからくりは、ジャガード織の特性を巧みに利用している。ジャガード織機は、規則的な模様を織り出すドビー織機とは違い経糸を一本一本独立して動かせるため、より自由なデザインができる。SNIP SNAPは二層からなる布で、緯糸をところどころ浮かせた一層目と、細かく模様を織り込んだ二層目でできている。この一層目をカットすることで、下層の柄が現れるという仕組みだ。

ハサミを滑り込ませる糸の隙間。それはそのまま、私たちがこの作品に入り込む余地のようなものだ。氷室さんは自身の作品でありながら、「最後の仕上げをどうぞ」と言わんばかりに私たちをSNIP SNAPの世界に招き入れてくれる。この布はアートパネルや家具にも使われ、モチーフは森の他にも地層に眠る恐竜や、氷上のワカサギ釣りなどがある。いずれも切る行為の先に「発見・発掘・獲得」といった小さな達成感があり、私たちはワクワクしながら布と向き合うことができるのだ。

 
SNIP SNAP series LAPLAND. Photo by Kazuya Shioi

 

SNIP SNAPについて氷室さんはこう語る。「子供が初めてハサミを使う時に記念として買ってくださったご両親、カフェに置いてお客さんにハサミを入れてもらうというオーナーさん、一年に一匹ずつ魚を見つけ出して少しずつ変化を楽しみたいという女性など、自分でも想像しなかった楽しみ方があり、受け手に委ねることの面白さを実感しています」。

子供の頃から工作好きで、プロダクトデザイナーになるのが夢だった氷室さん。大学進学を考える中で、身近で素材感のあるものに興味があることに気づいたそう。多摩美術大学でテキスタイルデザインを専攻、のちの大学院時代に交換留学でフィンランドに赴く。そこで件のジャガード織と運命的な出会いを果たした。最果てのラップランドで体験したサウナやトナカイゾリ、そして独特な極夜の景色は、彼女のデザインの中で今も息づいている。

 

布は人と関わるプロダクトであり、日常で使われるもの。身近であるからこそ、ともすれば脇役になってしまう。しかし氷室さんこう言い切る。「折りたたんだり、伸ばしたり、吊るしたり・・・布の扱い方は無数にあります。人が関わることで生まれる変化がここまで豊かな素材は他にないのでは?」

シワ、透け感、シルエット。氷室さんは布に触れ、手を動かしながら、色や柄だけではない布の生きた表情を探り続けている。例えば、四角い布は角で吊るすと自然と三角錐のように丸まることから、ブーケに見立てた花柄のハンカチFLOWERSを思いついた。あるいは無造作に置かれた布に着想を得て、表に花を、裏にその茎や葉をデザインし、絵柄の組み合わせの妙を楽しむブランケットBLOOMを生み出した。

 

BLOOM. Photo by Kohsuke Higuchi

 

氷室さんは現在、廃校になった小学校の教室をアトリエとしている。たくさんの布に囲まれながら観察と試作を繰り返す日々だ。生地の開発の際には工場に赴き、自ら織機の指示データを入力する。今では海外からもコラボレーションの依頼がくる活躍ぶりだが、その原点にあるのは採算を度外視してでも「使ってもらいたい」という一心で布づくりを始めた日々だそう。

目下の夢はアトリエにジャガード織機を入れること。そして、オランダのテキスタイルミュージアムで個展を開くこと。「常にポジティブなテーマで取り組むことを意識している」という彼女ならば、布の向こう側に見えている夢が叶う日もそう遠くはないだろう。

 

http://www.h-m-r.net
Instagram @himuroyuri