6月 24, 2025

ルース・エンズ・プロジェクト
悲しみに寄り添い、出会いを繋ぐ、クラフトの縁

ルース・エンズ・プロジェクト<br>悲しみに寄り添い、出会いを繋ぐ、クラフトの縁

インタビュー 河野晴子
写真提供 Loose Ends Project


クラフターであれば、作品の完成を思い描きながら一針一針、創作に励む気持ちがわかるはず。でも何かのきっかけで完成まで至らなかったら?

アメリカ・メイン州とワシントン州に拠点を置くルース・エンズ・プロジェクトは、制作者の死去や病気に伴い未完成になった作品を引き取り、残りの作業をボランティアの作り手に託すという活動を行っている非営利団体です。
現在、登録しているクラフターは78カ国から3万3千名を超えるそう!なぜ、見ず知らずの人のために手芸の技術を惜しみなく提供するクラフターがこんなにも多いのでしょうか。主宰の一人であるメイシー・キャプランさんにお話を伺いました。

 

©Winky Lewis
左:メイシー・キャプランさん
右:ジェニファー・シモニックさん

 

──ルース・エンズを始められたきっかけを教えてください。

私とパートナーのジェン・シモニックはこれまで編み物、かぎ針編み、キルト、刺繍など、さまざまな手芸に関わってきました。手仕事がときにエモーショナルなものになりうることも、身を持って経験してきました。そんな私たちがこの活動を始めるきっかけとなったのは、2022年の夏に親しい友人が母親を亡くしたことでした。その母親が未完成の編み物を残して逝ってしまったため、彼女は途方に暮れていました。その時に、ふと思ったんです。愛情を込めて始めた美しく、パーソナルな取り組みを最後まで完成させることができなかった人たちがどれほど多くいるだろうかと。そこで、未完成の作品を持て余している家族と、親切心から時間と才能を提供できる熟練したクラフターをマッチングさせる方法を作ったらどうだろうと考えました。こうして2022年9月に立ち上げたルース・エンズですが、予想以上のスピードで軌道に乗せることができました。

 

──その頃はパンデミックの最中ですね?

パンデミックは命がいかに脆いものであるか、そして、直接対面せずとも、私たちにとっていかに「繋がり」が大切であるかを再認識させる契機となりました。人々は、よりじっくりと手芸に取り組み、より深く悲しみという感情に向き合うようになり、各々がコミュニティにおける自らの立ち位置を考えるようになったんだと思います。こうした感情から、多くの人々がルーズ・エンズに共感してくれたのだと思います。

 

──いくつか具体的なエピソードを教えてください。

特に印象的だったのは、がんの治療で編み物を続けることが難しくなった女性が制作していた翼型のショールです。私たちは彼女と、数ブロック先に住むあるニッターをマッチングさせ、このショールの完成に漕ぎ着けました。この「ウィングスパン」(広げた翼)と呼ばれるプロジェクトには、女性が使っていた毛糸を取り扱う染料工房も一役買うことになり、本当に美しいチームワークの結晶とも言えるショールが完成しました。


 


 

また、ロンドン近郊に住む方が3台の織機を残して亡くなったのですが、私たちはこのプロジェクトを、近くに住んでいる織り手に託すことにしました。ただ、彼女の家に3台の織機を置くスペースがなかったので、地元の美術館が場所を提供してくださることになったんです。最終的に3枚のラグが完成し、それぞれが亡くなった方の3人の兄弟に贈られました。

 

 

また、このタコのあみぐるみは、もともとマーサという女性が呼吸リハビリで入院中にいつも作業をしていたものです。彼女は67歳の時に肺疾患で他界しました。私たちはこのプロジェクトを、バージニア州のエレノアというフィニシャーとマッチングさせました。1年半以上かけて完成させたタコは、ご覧のようにとても大きく、抱き心地のいいものになりました!エレノアは、マーサの娘ベッカがどこにいても母親とのつながりを感じられるように、毛糸の残りで小さなタコも作ってあげたんですよ。「エレノアは単に熟練した手芸家であっただけでなく、とても親切な人間でした」とベッカは回想しています。

 

 
 

──それぞれに物語がありますね。作品提供者と、完成までを請け負うフィニシャーとの相性は意識されますか?

私たちは無理に両者の間の化学反応を起こそうとはしませんが、それぞれの作品に要求される技術レベル、地理的な近さ(輸送費を抑えるため)、そしてスケジュールを考慮してベストなマッチングを考えます。レース編みを専門とする人もいれば、刺繍や衣服の仕立てを得意とする人もいます。

 

 


残された指示書を元に作品を完成させるケースもあります。


 

──なぜ見ず知らずの人の作品に対して時間と労力を費やすことができるのでしょう?

クラフターはもともと気前がいい人が多いですよね(笑)。手作りのものに心血を注ぐことに意味を見出すことができる人たちです。だから、誰かの未完成のプロジェクトを見たときに、「私がやってあげられる」と本能的に反応できるのだと思います。
また、作業自体が癒しにもなります。フィニシャーの中には愛する人を亡くしたばかりの人もいます。未完成のループを最後まで繋げる。そこに深い意味があるのだと思います。

 

──皆さん、どのような気持ちでプロジェクトを引き受けるのですか?
 
任された責任を真摯に受け止め、緊張される方が多いです。でもその緊張が提供者に対する敬意とコミットメントに変わっていきます。多くの人が、作業中に元の制作者と心の中で対話をしていると言います。何かより大きなものの一部になったような気持ちになると。素晴らしいことだと思います。
一つ素敵な習慣があって、元の制作者の最後の一針の痕跡を残すということをします。多くの場合、フィニシャーは小さなステッチかマーカーで自分が始めた場所を記します。先を託されたという、優しさに満ちた行為が一目でわかる工夫の一つです。

 
 


 
 

──素敵ですね。完成品を受け取ったご家族の反応は?

皆さん、深く感動され、涙される方も多いです。ご家族は、完成品を手にすることで、抱えていた悲しみと新たな形で向き合います。完成品が一つの慰めとなり、悲しみの終結にも繋がります。提出者とフィニシャーが直接会って作品の引き渡しを行うこともありますし、直接会わない場合でも、お礼の手紙や写真を交わします。そのすべてが癒しのプロセスで、新たな繋がりの一部となります。

 

──素晴らしいチームで運営されているようですね。運営の難しさは?

私たちは少数の有給スタッフ、ボランティアの技術チーム、役員で構成される、小さくも強力なチームです。運営費は個人の寄付と企業スポンサーに頼っています。残念ながら今年の2月に、運営予算の80%を賄っていた主要な企業スポンサーを失ったばかりですが、資金調達の方法はこれから多様化させていきたいと思っています。
時差や言語を超えたコミュニケーションを管理するのは難しいこともありますが、うまく回っていると思います。
何よりも感情面でのインパクトは大きいですね。すべてのプロジェクトを通して、悲しみ、人の遺したレガシー、そして「愛」を目の当たりにするわけですから。他者の悲しみを目の当たりにすることは決して簡単なことではありません。

 

──yomirisuの読者には、フィニシャーになりたい方もいらっしゃると思います。

是非参加してください! ウェブサイトにアクセスして、「Become a Finisher(フィニシャーになる) 」をクリックして、どの手芸が得意か、またあなたの経験について教えてください。お住まいの地域や発送可能なプロジェクトにマッチするものがあればご連絡します。皆さんよくご存知の、飛び込み選手でニッターのトム・デイリーさんもフィニシャーとして名を連ねていますよ!
私たちは国際的なリーチを拡大し、私たちのプラットフォームをよりアクセスしやすいものにするために取り組んでいます。大陸を越えてクラフターをつなぎ、より多くの種類の手仕事をサポートしたいと考えています。

 

──最後にメッセージをお願いします。

クラフトはどこにでもあるものですし、悲しみに国境はありません。手仕事という普遍的な言語を通して、文化を越えて繋がることができれば大変嬉しいです。技術があれば、誰かの悲しみに寄り添うことができ、それが癒しをもたらす術となることを、皆さんに知っていただきたいです。

 


©Winky Lewis

 

メイシー・キャプランとジェニファー・シモニック
ルース・エンズ・プロジェクト主宰。ともに長年、ニッティング、キルティング、ソーイング、刺繍などに携わってきた生粋のクラフター。教育者、アーティスト、介護者というそれぞれのこれまでの経歴が、現在のルース・エンズの活動に寄与している。ルース・エンズでは、今後未完成の木工のプロジェクトも視野に入れ、その分野のフィニシャーを集う予定。

 

ウェブサイト:
https://looseends.org

インスタグラム:
https://www.instagram.com/thelooseendsproject/