10月 29, 2022

インタビュー
THERIACA 濱田明日香

インタビュー <br> THERIACA 濱田明日香

 

 

初出:2022年発売、amirisu25号 

濱田明日香さんはベルリンを拠点に活動するファッションデザイナー。日本では、現代的で面白く、着やすいソーイングパターンの本や、手編みのニットの本の著者として知られていると思います。彼女の本の大ファンである私たちですが、ご自身がデザイナーでありつつ、なぜパターンを本というかたちで公開しているのかが気になりました。そして最近では、Yarn, Rope, Spaghetti (横田株式会社、2022)というアートブックを出版し、デザインプロセスを紹介しています。

濱田さんへのインタビュー、そして著作から数点のイメージをお借りしていますので、お楽しみください。

 

最初にものづくりに興味を持ったきっかけは何でしたか?

両親がクリエイターで、作るのが当たり前の環境にいたので、物心ついた時から作るのは好きでした。母親いわく、3歳の頃には教えてもらいながら自分でスカートを縫ったそうです。将来クリエイターになることをちゃんと意識したのは芸大への進路を決めた高校1年生の時ですかね。

 

ブランド「THERIACA」を立ち上げたきっかけや狙いを教えてください。

ロンドン芸大にいた時に、課題で提出したコレクションを教授や友達が買いたいと言ってくれて、それならブランド名やロゴなどのデザインも決めないといけないし、生地代や生産コストなども計算して価格を決めないといけない。それで必要に迫られてスタートしたのがTHERIACAです。造形の良し悪しだけではなく、ブランディングやプロデュース面など、ブランド立ち上げに必要な要素を学生のうちから考えながら制作できたのはいい経験だったと思います。

 

洋裁と編み物では、できることや制作過程に違いがあると思います。濱田さんの考える、編み物ならではの面白さは何ですか?

テキスタイルそのものからデザインできるのが編み物の面白さですね。もちろん、洋裁もプリントや染め、織りなどの生地作りから始めることもできるけど、テキスタイルを作るのと、服を形作るのとが同時進行で進んでいくのが編み物の面白さだと思います。

 

「THERIACA Yarn, Rope, Spaghetti」をみると、作品が出来上がるまでの「実験」に膨大な時間をかけていらっしゃるのが分かります。こういう服が作りたい!という明確なゴールがあるのではなく、過程の中で新たなアイデアが浮かぶのでしょうか。デザインのプロセスを教えてください。

「編む」技法を使うことを大前提にしていたので、まずは面白い編み地を模索するところから始めて、編んだスワッチから最終形を思いつくことが多かったように思います。普段は最終形のイメージがぼんやりあって始める事もあるし、途中でこうしたほうが面白いかも、と変わっていく事もある。どちらにせよガチガチに最終形を決めてしまってからスタートする事はほとんどないですね。

 

花や自然など、いわゆる美しいものからインスピレーションを得るデザイナーはたくさんいます。そうではなく、日用品など身近なものの形や素材に着目するのはなぜですか?

確かに。そう言われてみれば植物はあまりデザインソースとして選ばないですね。でも自然のものが嫌いな訳ではなく、石や土、山とかからは刺激を受けることはあります。花や植物は色も形も美しさが完成されてしまっているから手を加えにくいと思ってるのかもしれないですね。
日用品は国ごとの生活スタイルや必要に応じて機能や色形が少しずつ変わるので、そこに面白さを感じるんだと思います。

 

「消費されるだけの服作りから一旦離れたい」と他のインタビューでお話されていました。現代のファッションビジネスに対して、どんな懸念を持っていますか?

懸念を持っている訳ではなく、市場やトレンドを分析して「売れる服」を作るのか、「作りたい服」をいかに面白いと思って買ってもらうのか、の違いで、私がやりたいのは後者だった。興行成績のいい映画を作るのが簡単じゃないように、「売れる服」を作るのも簡単じゃないので、そういうアパレルのあり方も否定はしません。でもワンシーズンで捨ててしまうようなトレンドを追っただけの服を作るのはやりたいことではなかった。環境の視点からもどうせ作るなら思い入れを持って長く着てもらえる服を作りたいですね。

 

自分で服を作って着ることの意味はなんだと思いますか?

私が服を作る時は表現とか創作物だと思って作りますが、作ったほうが安いから。作る工程が楽しいから。市販のものではサイズが合わないから。欲しいものが売っていないから。などなど、作る意味は人それぞれだと思います。

 

手作りはなんとなくダサくて、流行しているものはオシャレ。まだまだそんな風潮があるように感じます。濱田さんは、服を作る時におしゃれであることは意識しますか?おしゃれとは何でしょうか?

手作りがダサいのではなく、自分なりの提案や表現がそこにあるかどうかで評価が変わってくるんだと思います。既製服も、デザイナーやパタンナーの手で作られ、工場では人の手で縫われているので、世の中にある服は全て手作りとも言える。

つまり、服作りの技術というのは絵で言うところの絵の具と筆と同じで、ただのツールです。絵は何を描くかで絵の価値が変わってきますよね。手作りも何を作るか次第でダサいとも言われるし、おしゃれとも言われるのではないでしょうか。

おしゃれとは自分の似合うものを知っていたり、その人なりの表現としてまとまってるかどうかかなと思います。私が服を作る時は、私なりのアイディアが含まれているかどうかと、こう着ると面白いんじゃないかといったコーディネイトまで想像して、足し算引き算しながらデザインすることが多いです。

トレンドをうまく取り入れている人がおしゃれだとは思いません。その人にしかできない着こなしをしている人を見るとおしゃれだなと思いますね。

ヨーロッパにいるとみんな肌の色、髪の色、目の色が違うので、服もそれぞれ似合うものが変わってくる。その人だからこそ似合う格好をしている人を見る機会が増えて、よりそう思うようになりました。

 

上記2枚の写真:撮影 Takuma Uematsu。

 

本の出版や展示会、Youtubeなど様々な媒体を使って発信しているのはなぜですか?なかなか真似できないような斬新なアイデアから、分かりやすいチュートリアル動画まで、発信の内容が多岐にわたっている、そのバランスが面白いと感じます。

ファッションを発表する方法はパリコレのようにランウェイでなくてもいいのでは?と思ったのがきっかけですかね。

創作物を見てもらう時に、展示の方が伝えやすかったり、本の方が伝えやすかったり、実際に洋服を着てもらう方が伝わる場合もあって、何を伝えたいのかでメディアを使い分けてるだけです。Youtubeはニットの本を出したタイミングで、作りたいけど編み物は敷居が高いと思ってる人が多いなと感じたので、本への導入になればと思って始めました。そこから私の活動を知ったという人もいて、活動範囲を一つのメディアに決めてしまわなくてもいいと思ってます。

アパレルビジネスを展開しつつ、手芸本で誰もが作れるパターンも公開されています。両方やろうと思った理由は何ですか?両方やってみて利点はあったか、もしくはデメリットや不利益を感じることがあったかについても知りたいです。

これも伝えたい事によってメディアを変えてるだけですね。

ブランドでは私の遊び心をふんだんに詰め込んだ提案をします。本では伝わらない、身につけてもらうからこそ伝わる服の楽しさを共有できたらと思っています。

一方、本の方はパターンの研究結果をまとめたものと思ってもらうとわかりやすいですかね。

例えば、服のサイズがシルエットに与える影響を研究してまとめたのが「大きな服を着る 小さな服を着る」、ギャザーやタック、フリルなど、ボリュームを出す技法について研究した本が「甘い服」。それを論文みたいな形ではなく、洋裁本として誰にでも伝わるような形に落とし込んで出している。

専門書だとリーチできる人数が限られるので、それよりは多くの人にまず手に取ってもらうことが大事だと思っています。ただ作りたいデザインが載っているから、と買う人もいるだろうし、そんな服の考え方があるのか、と背景にあるコンセプトまで理解してくれる人もいるだろうけど、受け取り方はそれぞれでいいと思ってます。

このように服を売るのと本を出すのはそれぞれに違う目的があるので、そこは一線を引いていて、ブランドのパターンを公開することはありません。本にまとめた研究結果や気づきを発展させてコレクションに活かすことはあるので、両方の活動がいい意味で影響し合っていると思います。

本を作る時にやる研究の作業がインプットで、コレクションがアウトプットという言い方もできるかな。

 

DARUMAと一緒に「TUBE」の製作をされていました。素材そのものを作ってみて、どうでしたか?面白かったこと、難しかったことがあれば教えてください。

素材そのものから作るなんて、企業とタッグを組まないとできないことですから、新鮮でとても楽しかったです。「THERIACA Yarn, Rope, Spaghetti」の本の中では糸から自分で作った作品もいくつかありますが、自分の表現のために作るのと、商品としてちゃんと売れる糸を作るのは別物です。

編み物のシーズンはやはり秋冬メインなので夏に売れる糸を作るというのはプレッシャーでしたが、私のアイディアと、糸の専門家の知識とがかけ合わさって想像を超えた着地点に辿り着く感じが、一人で制作するのとはまた違った楽しさがありました。

 

国内だけでなく、ロンドンやベルリンで活動をして良かったことはありますか?amirisuの読者も海外の方が多いです。国境を超えて活動することの面白さや、デザインに与える影響について知りたいです。

学校にいたらその学校の評価に、企業にいたらその企業の評価に考え方が左右されてしまうのと同じで、日本にいたら日本で評価されることに重きを置いてしまいがちです。世界のいろんな価値観を知った上で、じゃあ自分は何を面白い、もしくは美しいと思うのかをフラットに考えられる環境が最大のメリットだと思います。

 

デザインをする中で、これまでに大きな影響を受けたものはありますか?デザイナーやブランド、音楽や映画など、どんなジャンルでも大丈夫です。

特にこれというのはないですが、気をつけていることがあるとすれば、服を見て服をデザインしないようにしています。パフォーマンス、アート、プロダクトデザイン、言葉、子供の工作などなど、他ジャンルを積極的に見て、そこから受けたインスピレーションから形作っていくことが多いですね。

 

今後、新たに作ってみたいもの、実験してみたいこと、試してみたい素材はありますか?

テキスタイルの技法として刺繍を深掘るのも面白いかもとも思うし、子供服を考えてみるのも面白いと思うし、ニットもずっと好きな技法なのでやりたいことはまだまだあるしで、なかなか時間が足りませんが、その時々で一番関心のあることに全力で取り組んでいきたいと思ってます。

※特別に記載がない場合、写真は『Yarn, Rope, Spaghetti』より。

 

かたちのニット
文化出版局 (2020)
87ページ、1,500
ISBN:  978-4579117185
ニットの色々なフォルムを研究した成果を1冊にまとめるかたちで、形状やドレープを楽しめる17点が掲載されています。パターンはワンサイズです。

 

 

大きな服を着る、小さな服を着る
文化出版局 (2016)
79ページ、1,400
ISBN:  978-4579115631
既刊4冊のソーイングブックのひとつ。同じデザインを異なる2つのサイズで展開することで、ドレープや見た目の変化を楽しめます。

 

 

Yarn, Rope, Spaghetti
横田株式会社 (2022)
240ページ、2,700
ISBN:  978-4908769184
濱田さんの最新刊は、編み物や編み地の探求を写真で紹介するアートブック。カラフルで遊び心のある様々な編み地を作り出す、彼女の創造性やプロセスを垣間見ることができます。毛糸だけでなく、食べ物や靴紐、布、紙など、思いもよらない、でも身近にある素材で実験しています。画像だけではなく、インタビューも掲載。(パターンブックではありません。)

 

 

濱田 明日香
ファッションデザイナー。京都市立芸術大学、ノヴァスコシア芸術大学(カナダ)にてテキスタイルデザインを勉強後、デザイナーとしてアパレル企画に数年携わり、渡英。ファッションとパターンについて研究し、自由な発想の服作りを続けている。

2014年、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション在学中に自身のレーベル”THERIACA”をスタート。ギャラリーや美術館のほか、書籍などで作品を発表してきた。ベルリン在住。著書に「かたちの服」「甘い服」(文化出版局)、「THERIACA Yarn, Rope, Spaghetti」(横田株式会社)などがある。

http://www.theriaca.org/
Instagram: @_theriaca_