6月 01, 2023

「巣箱」のアトリエから生まれる動物たち
atelier subaco布製オブジェの世界

「巣箱」のアトリエから生まれる動物たち  <br>atelier subaco布製オブジェの世界

 

大量の生地や毛糸の傍らには、ひらめきの宝庫である古くて分厚い図鑑。ショーケースに収められた鉱物やシーグラスは時間の堆積をもの語り、瓶に入れた綿毛と野花を束ねたドライフラワーは植物の命の一巡を思わせる。室内に流れる音楽はクラシックだったり、ヒップホップだったり。

これは、布製の立体オブジェを生み出す三浦あゆみさんが仙台市に構えるアトリエの様子だ。こうした種々雑多な要素が織りなす独特な空間は、三浦さんいわく彼女の「巣箱」。鳥が自然の草木だけでなく、ときに人工的なものを集めて巣づくりをするように、ここには彼女が創作に必要とするものが複雑に、そして美しく組み合わされている。

こうした巣箱のイメージをatelier subacoという名に込めて、三浦さんはアトリエで365日針を持ち、試作を重ねながら世界に一つの作品を丁寧に生み出している。

 

特徴的なのは作品のモチーフ。主に動物だが、その多くは日常ではなかなか出会うことのない生き物たち。チョウチンアンコウ、ハシビロコウ、オオアリクイ、ワオキツネザル・・・。使用する布も、柄が珍しい古い生地やインテリアファブリックなど実にさまざま。例えば、デニム生地の表裏を交互に縫い合わせて縞模様を表現したシマウマや、ベルベットで仕立てたレトロなメリーゴーランド型のヤギやダチョウなど。絶滅した動物について空想を巡らせたものや、動物を擬人化するような作品もある。

 

こうしたひねりや工夫に満ちた表現のためか、atelier subacoの作品を「ぬいぐるみ」と呼ぶのは憚られる。一般的なぬいぐるみには、動物を「かわいい」と思う人間の感情が投影されているが、atelier subacoの生き物たちのどことなく鋭い目つきやしっかりと自立する姿形は、動物が本来われわれとは異なる「他者」であることを教えてくれるかのようだ。作品を前にして感じる新鮮な驚きや発見はそのためだろう。三浦さんはこう語る。「色も形も違う生き物のことを愛情と敬意を持って考え、その特徴を崩さないようにしながらも自由に創作する楽しさを少しのスパイスにして表現しています。そうすることでリアル過ぎない、でもかけ離れていない、自分らしい作品づくりができていると思います」。

 

宮城県の自然豊かな山間の地で育った。野山で遊んだ経験と、自然の力を借り、手作業で豊かな暮らしをつくり上げる祖父母から多くを学んだことが創作活動の原点だと言う。朝露をまとった野花、夏の蝉の大合唱、ただ生きるために動き回る昆虫たち。眼に映るものを観察し、描くことは、進学や就職でこの土地を離れても続いた。そして今から15年ほど前に、自身の子育てをきっかけに描くことが縫う行為に置き換わったそう。

まずは子どものお絵描きに登場する謎の生き物たちを、役目を終えた子ども服の端切れなどを使って立体的に縫製した。人形づくりは学んでいなかったが、その創造の楽しさが大変な子育て期間の支えに感じられた。次第に作品の幅も広がった。母と子が共有するまさに「巣箱」のような場所で、そこにある素材を取捨選択しながら新たな生き物たちを生み出す日々。atelier subacoの原点を辿ると、三浦さんの子育てに行き着くことに合点がいく。

 

 

制作方法は作品の形状にもよるが、ワイヤーを使って動物の鼻先から順に骨格を組んでいくことから始まる。そこに手芸綿で肉付けしたのちに表面を布で覆っていく。「これはあの動物にしか見えない!」と、素材との出会いから着想を得ることもあれば、動物のイメージに沿って素材を選ぶこともあるそう。「凜としたウサギならば艶のある上品なファーはないかな?シーラカンスならその美しい佇まいには深海の色、静かに光る玉虫色のオーガンジーに黒のスパンコールの鱗を重ねようかな?などとその動物の性格や雰囲気、物語が伝わりやすいように考えています」。

唯一無二の作品を制作するため、決まった手順も型紙もない。例えばシカの壁掛け作品の場合には、角の重さと胴体のバランスに苦慮する。柔らかいファーに冷たく光る合皮を合わせてみたり、ツイードは何本か糸を引き抜いて色の加減を調整したり。最後は文字通りの画竜点睛。眼を入れる作業が一番緊張するそうだ。こうやって小さな鼻先からスタートし、全身を手縫いで仕上げた暁には大きな達成感があると三浦さんは言う。ただ、その時点ですでに頭の中では「次につくりたい生き物たちが手を上げて列をなしている状態」だそうで、創作意欲は常にフル回転のようだ。

 

 

三浦さんにとって「巣箱」とは、お気に入りのものを寄せ集めるためだけの容れ物ではない。それは誰にも壊すことのできない、心の居場所のようなものだと言う。懐かしい記憶や幸福感で満たされた自分だけの巣箱を心に持ち続けながら、一日一日の制作に励む三浦さん。こうして生まれた生き物たちは、彼女のこんな想いを携えてより大きな世界へと巣立っていく「みなさんの心のエリアにもatelier subacoの動物たちがお邪魔して、癒しの一部となれたらと願っています」。

 

Website: ateliersubaco.tumblr.com
Instagram: atelier_subaco

 

Photos by Meri Tanaka Jemison

写真
1枚目:シカの壁掛け
2枚目:シーラカンス
3枚目:ワオキツネザル
4枚目:キャンドルを持ったオオカミ、キツネ、ハト
5枚目:メリーゴーランド型のウサギ、ユニコーン、ヤギ