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大学生になったら、必ずやりたいことがあった。それは、オーケストラに入ること。高校生からブラスバンドとしてオーボエを始めた私は、オーケストラでの演奏を夢見ていたのだ。入学してからすぐに大学オーケストラに入った私は、大学の思い出がほぼサークルの思い出になってしまうぐらい、音楽活動に邁進することになる。入学当時の先輩方はプロ顔負けの腕前で、ある先輩は中学生からプロ奏者にオーボエを習っていたことにも関係していると思うが、その世界にもずいぶんと顔がきいており、私も一介のアマチュアオーボエ奏者ながらも、オーボエ界のど真ん中に入れてもらったような体験を時々味わえることになる。そして、その不相応の体験にはいつもある紳士が参加していた。
先輩と同じ門下生だった彼はおそらく自分が稼いでいるお金をオーボエ関連に全投入しており、その財力と行動力で当時のオーボエ界隈で顔がきいている人物であった。大学近くの彼の自宅には大学オーケストラの代々のオーボエ奏者が招待され、一緒に音楽を聴いたり食事をしたりしながら音楽談義をする、といった会が年に数回開催されていた。私もその会の常連となり、その紳士ともすっかり顔馴染みになった頃、みんなで一緒に東京に遊びに行こうという話になった。女性の先輩と私とその紳士の3名で楽器屋に行った後にホテルのレストランで会食だという。紳士が所有する立派な車にも乗せてもらえるというし、ホテルでご飯なんて!私はすっかり嬉しくなり、一も二もなく行くことにした。
当日、先輩はホテルでの合流となり、私と紳士は楽器屋に二人で行ったのだと思う。そこで、紳士の顔馴染みの男性音大生に会った時、彼が私に吐き捨てるようにこう言った。「いつも可愛い子、連れてるよね」。その顔を覚えている。私も薄々は気が付いていたのだ、私が選ばれた理由を。それを彼に見透かされたようで、とにかく恥ずかしかった。
先輩方が卒業してからは、その紳士との交流は無くなった。あの時の出来事は自分自身の見た目や行動を客観視できた重要な局面だったと思う。まだ自分が人からどう思われているのか分かっておらず、ふわふわと過ごしていた大学生に浴びせかけられた冷や水。あの冷や水がなかったらと思うと今でもありがたく、感謝の気持ちであの言葉を反芻している。