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12年前に英語パターンについての本を出版社から出した。私の好きな海外の自由な編み物の雰囲気を色んな人に分かってほしいというのが、本を出した動機だったと思う。あの頃は日本の編み物と海外の編み物との世界観の乖離に耐えられなくなり、どうにかしたいともがいている時だった。当時の私は38歳。38歳なりに一生懸命ではあったが、本を読んだ方々に自分がどう思われるのかといった考えは皆無だったため、本をめぐる世間の異様な盛り上がりに兎に角戸惑いしかなかった。担当編集者と毎日驚愕したり、落ち込んだり、喜んだり。ジェットコースターのような毎日だった。私は見てはいなかったが、ネット上には相当なバッシングがあったらしく、それを見た姉が寝られなくなった。それもあり、そこから私はネット上に無料で公開する文章には自分の直接的な気持ちは書かないことにした。もうこれ以上、姉を疲弊させるわけにはいかなかった。
嵐のような月日が過ぎ去った頃、大学の時の同級生が関西で結婚することになり、披露宴に呼んで頂いた。久しぶりにオーケストラサークルの同級生と会えることを楽しみにしていたが、私が編み物の仕事を始めてから同級生に会う機会がなかったため、少し緊張もした。きっと何の仕事をしているか聞かれるはず。みんなどう思うだろう。
結婚式場には同じ木管の仲間が二人いて、一人は新聞社に勤めているファゴット吹きだった。彼とは同じダブルリードだったし、大学時代はずいぶんと仲良くしていたので久しぶりに会えて嬉しかった。色々と近況を話す中、自分で出した出版本の顛末についても話したのだと思う。その時彼はニッコリ笑って「物議を醸さない本なんて出版する意味がないよ。大成功だね!」と言った。その顔を今でも覚えている。本を出したことを後悔はしていなかったが、その後の出来事の対応ですっかり疲れていた私にとっては、畑違いの彼に自信たっぷりに褒められたことがすごく嬉しく、そしてホッとした。よかった、私が本を出す意義はあったのだ、と腑に落ちた瞬間だった。
50歳になった今、38歳のあの熱量を懐かしく、そして羨ましく思う。歳をとって、周りがよく見えるようになり、色々な立場を考えるようになった。それはそれで素晴らしいことではあるが、あの38歳の私も今の私からすると随分と面白かったとは思う。次の著作本はamirisuから出そうと思っているが、「物議を醸さない本は出版する意味がない」を胸に、みなさんの心に残る1冊とは何かを模索したいと考えている。
今回でこちらのエッセーは終わりにします。長いお付き合いありがとうございました。次回からは以前のブログで発表した「表現者になりたい」をリライトしてお届けしたいと思います。