Through the Lens - Issue 21
毎週のようにどこかへ旅に出ていた暮らしから一変、自分の住む土地にずっととどまる日々が続いた。月曜から日曜まで。繰り返す似た朝と昼と夜。ずっと慌ただしく生きてきたわたしは、こんなふうに暮らしたことは初めてで、ただただ新鮮だった。これまでやってきた仕事が軒並みキャンセルになったりと、もちろんよいことばかりではない。先のことを考えたら不透明すぎてもう、くだらない冗談でも言うしかない。
でもそんな中、足元を見つめる機会が増えた。足元、というのは文字通りの意味で、たとえば家の床。フローリング貼りのそれを毎日モップで乾拭き、水拭き、と磨くことにした。磨くことにした、というより、体が勝手に磨くようになった。まるで祈るみたいに日々、せっせと磨いた。磨く間はもう、床のことだけを考え続けている。廊下、に始まり、左の窓辺の隅、で終わるルーティングも自然と確立された。真剣にやれば15分で終わる一連の作業を終えるときには、床の輝きはもちろんのこと、思考までもがクリアになっている。
そんなふうに始めた日は歩くだけで感じ、見つけられるものごとの幅が広がるように思う。空の色の移り変わり、揺れる葉、蝉の抜け殻。急ぎ足で駆け抜けていた日々にごっそり見落としていた何かが、ゆっくり歩く道端に無限に落ちている。友人のアトリエを尋ねておしゃべりする。窓が大きくて天井が高く、風が通り抜ける、実に気持ちのよい場所。わたしもこんなところがほしいとふと思う。自分の住む街はこれまで「帰る場所」のような位置づけだったけれど、ここで何かを始める場所がほしいと思う。
帰って探すと、すぐに適した場所が夢のように見つかる。窓が大きくて天井が高く、風が通り抜けるきもちのよい場所が。その場で借りることに決めた。友人はあまりのスピードに驚いて笑っていた。でもわたしは確信があった。ここでまた、新しく始めようと思う。なにが始まるのかは、あえて未知数のままにしておこうと思う。よきことが自然と、生まれるのをただ、見たい。
– Masako Nakagawa