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わたしたちがこれまでに経験したことのないウィルスの流行で、学校が休校になりわたしの仕事も延期が相次ぎ、空白の時間が訪れた。「山に登ろう」突然その言葉が浮かんだ。自宅から歩いて5分の山がずっと気になっていたのだった。東京から岡山市に越して早9年。様々な忙しさを理由にたった二度しか登っていなかった近所の里山。家からも見えるそれが突如、光って見えた。息子の近所の友人でゲームを愛する少年も一緒に連れていく。岡山生まれ岡山育ちの彼は山なんか登ったことがないと言う。そうなの?じゃ、ますます行こう。登山口に立つとさわさわと樹々が揺れ、すでによい気配がある。息子たちも自然と走り出す。踏み締める落ち葉はやわらかく、鳥の声が響く。169mの高さの小さな山だけれど、山頂まではさまざまな表情がある。細い道、巨大な岩、妙に平らな土地。次々と変わる景色を少年たちは冒険気分で進んでいるように見え、それはわたしも同じ。やがてたどり着いた頂から見下ろす岡山市街は、知っているけれど知らない場所のようで、逆光に照らされ輝いていた。清々しさと達成感でみんなの顔も光っている。こんなことでもないと山に登ろうだなんて思わなかったな。近所にこんな素晴らしい宝がずっとあったというのに。世界中で様々なことがこれから変わっていくであろう予感に満ちながら、これはその中でも、ひとつのよい側面だったと思う。小猿のように山道を下っていく少年たちの背中がほんの少しだけ、たくましく見えた。
– Masako Nakagawa