10月 16, 2026

表現者になりたい -トクコの編み物仕事遍歴 6

表現者になりたい -トクコの編み物仕事遍歴 6

すっかり忘れられていると思っていた出版社への企画書ですが、おそらく企画書を持ち寄った会議というものがあり、それに私の企画が通ったため、面通しが行われたよう。
編み物に全く不慣れな方々を相手に、いつものように2時間ほど熱弁をふるってはみたものの、出版社のお気に召したかどうかはわからないまま帰宅しました。
その時に副編集長が言った「文章パターンってプログラミング言語みたいだね」という言葉しか今となっては覚えていません。

とにかく本は出されることになり、amirisu仕事プラス出版本の準備というハードな日々を送る事になりました。
最終校正を見るために朝4時に起きて仕事したり、始発に乗って撮影に参加したり、いくつも企画書を書いたり、1日カフェで原稿を書いたり。言えることは、今、この仕事量は到底やれないということ。老眼が始まる前に人生で一番忙しい時期が終わってよかったなと思っています。

2013年2月に「おしゃれな世界のニットレシピ - 英語パターンでたのしく編もう」がビー・エヌ・エヌ新社より発刊。
編集者の意見も聞きながらの本でしたので、100%私の思い通りではないのですが、私が生息する世界の編み物を少しでもご紹介できたらという思いは伝わる本になったと思います。

先日の「物議」のエッセイでも書きましたが、本を出した後、私の日常はかなり掻き乱され、相変わらずamirisuの仕事も忙しく、嵐のような毎日を過ごしていました。やっと日常生活が戻ってきた頃、夫の転勤でまたまた関西へ移動することに。今まで関東と関西を目まぐるしく移動してきましたが、この移動で関西在住が決定します。

自分にこれといった仕事がなかった時は、都会に行けばなんとかなるのではという気持ちがあり、東京付近に住むことを望んでいましたが、生徒さんが定着し、PCとネット環境さえあればどこでも仕事できる時代になった今、東京に住む意味があまり見出せませんでした。よって、東京を離れることに未練はなく、新しい生活が始まることにワクワクしたことを思い出します。

東京の生徒さんはまとめてレッスンを入れて毎月出張し、その間にamirisuの打合せもやり、泊まるところはメリさん家か姉宅。今考えるとなかなか大変なスケジュールでやっていましたが、以前から離れている場所でお互い仕事することに慣れていましたので、amirisu仕事に関してもあまり不安もなく引越しました。

東京、関西での講師業は続けていましたが、その間もamirisuは着実に大きくなっていきます。引越しをしてからすぐにamirisuは有限責任事業組合、いわゆるLLPを取得し、少し会社らしくなりましたが、結局は私とメリさんしかいない会社でしたので、私は毎日毎日PCの前で仕事をし、雑誌の発送する日々でした。

amirisu LLPは次の年、遂に一つ前に進みます。お店を始めることが決定したのです。